第33話 マコトと公園にて

 日曜日。


 早く目が覚めた俺は、そのまま自室のベッドで横になっていた。

 時刻は8時を過ぎたばかり。

 人によっては朝8時は早起きに入らないかもしれないが、休日であれば12時過ぎまで寝ていてもおかしくない俺だから、なかなかの異常事態といえる。


 しかもベッドから起きなかったのは二度寝するためではない。

 俺は目を閉じたまま、ある計画を練っていた。

 それは故郷に戻ったら絶対にやろうと思っていた、想いを伝える特別な行為。


 ――告白。


 ついにその時が来たようなのだ。


 昨日のデート。

 優羽さんと交わした情熱的なキス。


 彼女としてはあそこまで強引にするつもりはなかったようで、キスを終えた直後はずいぶんと動揺していた。

 ユキさんが想定よりかなり早く帰ってきたこともあり、そのままデートは打ち切りになってしまったわけだが……。

 それを考慮に入れても、昨日のデートは大成功だったと思う。

 デートの間じゅう、好きという気持ちをぶつけてくる優羽さん。

 俺はすっかり、そんな彼女の虜になっていた。

 こうなってしまえば優羽さんとワルミちゃんの、どちらがより好きかなんて些細な問題でしかない。


 俺は優羽さんとワルミちゃんの2人に告白をする!

 そして彼女たちの恋人になるのだ。


 もちろん、かなり特殊な関係だし困難は多いだろうが……。

 お互いに好き合っている俺たちなら、うまくやれるはずだ。


 ただ告白をする上で、気になる点が1つ。

 優羽さんとのデートに関して、いまだにワルミちゃんと直接話せていない。

 デートの許可をもらったという話も、優羽さんの口からしか聞けていないのだ。

 優羽さんが嘘をついているとは思わないが、それでもこういう大事なことはきちんと確認しないと、手痛いしっぺ返しを食らいそうな予感があった。


 やはりまずは、ワルミちゃんとの接触が必要か。

 しかし今までも、会おうとしていたのに会えなかったのだ。

 告白までには結構時間が掛かるかもしれない。


 ……そう言えば気になる点はもう1つあった。

 優羽さんとワルミちゃん。

 2つの人格が同時に出てこれない以上、俺が一度に告白できる相手は1人だけ。

 もちろん最終的には2人に告白するわけだが、どうしても先に告白される人と、後に告白される人が出てくることになる。


 告白の順番って、される本人にとっては重要なのでは……?

 例え時間的には数分の違いでしかなくても、気持ち的には2番目に告白されるのはイヤなのではないだろうか。

 そうなると俺としては長年の想い人であるワルミちゃんに先に告白したい気はするが……。

 うーん……。

 これ、けっこうナイーブな問題だな。


 そんなことを考えていると、スマホが震えていることに気付く。

 メッセージが届いたようだ。

 一瞬優羽さんを連想したが、実際の差出人はマコト。


『今日遊べる?』


 ……それもいいか。

 そろそろ気分を変えたかったところだ。


 マコトから遊びに誘ってくるときはたいてい前日までに連絡が来るが、今回のように当日来ることも稀にある。

 そういうときはたいてい、近場をウロウロするだけだ。

 今回もやはりそうなった。


 目の前に広がる大きな公園。

 つい先日の優羽さんとのデートでも来た場所だ。

 別にデートスポットというわけでは無いし、男2人がぶらついてもおかしくはない。


 とはいえ、マコトがわざわざ誘ってくるにしては微妙な場所だと思う。

 普段ならメインの目的地にはせずに、あちこち見て回ったあと時間つぶしで来るような所だった。


「悪いな、急に」


 マコトは公園に着くなり、いきなり謝ってきた。

 これも珍しいことだ。

 急な誘いだろうと俺の都合がついたから来たのであって、無理だったら普通に断るだけ。

 いまさらそんなことを気にする関係ではない。


「……なにかあった?」


「ん? いやそういうわけじゃないが。ただ最近俺たちのまわりに人が増えたし、たまには2人で話そうかなって」


 その返答は珍しいを通り越して、不審ですらあった。

 そもそも俺たちが遊ぶときはたいていヒヤヤッコもいた。

 2人だけのことなんて、そうそう無かったはずだ。


 マコトも俺の怪しむような視線に気付いたようで、苦笑していた。


「あー、率直にいこうか。俺たちの周りには魅力的な女性が多いだろ? 月島先生狙いの俺としては、お前が誰狙いかきちんと知って応援しようと思ったんだ。さっさとその子とくっついてもらえば、俺も安心だしな」


 なるほど、分かりやすい。

 そして、たしかにこんな話は学校ではできない。

 しかしどう答えたものか。


 池の前まで歩き、ベンチに座る。

 ゆっくりと移動したが、それでも考えはまとまらなかった。


 実際どう言えばいいのだろう。

 マコト相手だし、素直に答えればそれでいいとは思う。

 ただ、なにをどう説明すればいいものやら……。


 1カ月前ならワルミちゃん狙いだよとはっきりと言えた。

 しかし今の俺は優羽さんのことも好きになっている。

 そしてつい先ほどまで、その2人に告白をして恋人になろうと計画を練っていたのだ。

 つまり素直に答えれば、俺は単なる二股を狙う浮気男でしかない。

 さすがにそれは、言いづらい……。


「ん、なんか悩んでるみたいだな。話してみろよ」


 悩んでいるというほど深刻なわけではないが。

 ……考えてみればマコトはワルミちゃんのことを知っている数少ない人間だ。

 相談相手として相応しいだろう。

 それでも俺の言語能力では現状をうまく説明できる気がしない。

 そのせいで、少しためらってしまう。


「ええと。……まあ簡単に言うと、俺って惚れっぽいみたいでさ。複数の人を好きになったからどうしようかな、みたいな」


 かなり曖昧にだが話してみることにした。

 結局俺も誰かに聞いてもらいたかった。

 その誰かがマコトなら、俺としては不満はない。


「複数の人か。誰と誰だ?」


「えっ? えっと……優羽さん」


 具体的な人名を聞いてくるとは思っていなかったが、それでも返事を拒否せず答えたのは、マコトの目が真剣だったから。

 それにそこまで隠したかったわけでもない。

 どうせ名前をぼかしてもマコトにはすぐにバレるだろう。


「もう1人は?」


「もう1人は……」


 言葉に詰まった。

 以前ワルミちゃんの名前を出したときの、マコトの冷たい反応を思い出してしまう。


「……ワルミちゃんか?」


 とはいえ俺があまりに不自然な態度を取ってしまったせいで、却って見当がついたようだ。

 マコトはどこか寂しそうな表情で聞いてきた。


「うん……」


「そっか。……その2人で悩んでるのか」


 マコトと並んでぼんやりと池を眺める。

 手漕ぎボートにはカップルが乗っていた。

 はしゃいでいる姿がとても微笑ましい。


「……こういう状況だし思い切って聞くが。ナオはヒヤヤッコのことどう思ってる?」


 ボートから目を離し、マコトを見た。

 なぜヒヤヤッコの名前が出るのか分からない。

 マコトは変わらず水面を見ているようだが、その横顔からは緊張を感じる。


「……好きではあるけど、恋愛的な意味とは違うと思う」


 正直に答えた。

 マコトにも、それが本音だと伝わったはずだ。

 彼は一瞬だけ俺を見たが、再び池に目を向けた。

 今度は水鳥を目で追っているようだ。

 俺も十数羽が群れになって水面を移動しているのを眺めた。

 頭が緑色で特徴的だが、なんという鳥なのか分からない。

 なんとなく、鴨っぽいフォルムだとは思うが……。


「……俺はな、ナオにはヒヤヤッコがお似合いだと思ってるんだ。2人が付き合えばいいのにって」


「え!?」


 衝撃で鳥のことは頭から吹っ飛んだ。

 いや実際仕方がないだろう。

 俺とヒヤヤッコ?

 たしかにヒヤヤッコは魅力的な女の子だ。

 でも俺とお似合い……なのか?

 正直、自分ではよく分からない。


「ヒヤヤッコは裏表がないタイプだろ。お前みたいに能天気に生きていこうと思っている奴には、お似合いだと思っている」


 能天気という言葉に言い返しそうになったが、踏みとどまる。

 マコトがヒヤヤッコを評した言葉が気になったからだ。

 裏表がないタイプ。

 それはマコトがよく言っていた、理想の女性像。


「……もしかしてマコトって……ヒヤヤッコのこと、好きだったりする?」


 それこそこういう状況なので、思い切って聞いてみた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る