第32話 優羽さんとデート その5 足裏くすぐり
いよいよこれから優羽さんの足裏拭きだ。
「ね、ねえナオ君。お願いがあるんだけど……」
意気込んでいると、優羽さんが申し訳なさそうな顔でこちらを見てきた。
「できれば最初に足全体をサッと拭いてほしいなって」
「もちろんいいけど……なんで?」
「足の裏を拭いてもらうと、途中でギブアップする気がして……。ナオ君がニオイはしなかったって言うから信じてるけど、でもどうせなら拭いてもらった方が気持ち的にスッキリするでしょ?」
確かにさっきの優羽さんのリアクションを考えると、ギブアップの可能性は高いだろう。
だがギブアップしたあとも優羽さんとのデートはまだ続くはず。
ニオイの不安をいつまでも引きずられても困るし、優羽さんの言う通り、先にやっておいたほうがよさそうだ。
「じゃあ右足はもうやったから、左足の甲を拭くね」
そう言って優羽さんの左足に触れ、丁寧に、けれど急いで拭く。
気を静めるためか、優羽さんがフゥーとゆっくり息を吐いているのがなんだか面白い。
「よし、ちゃんと拭いたよ。じゃあ次は足の裏だ」
「う、うん。お願い。とりあえずサッとね」
そう言いながら目を閉じる優羽さん。
グッと両の拳を握りしめヒザの上に乗せているところを見ると、かなり緊張しているようだ。
……これ、ホントに大丈夫か……?
サッとやるにしても、片方の足を拭いた時点でギブアップしそうな気が……。
「……ねえ、優羽さん。両足を少し浮かせてもらっていい?」
「えっ? えっと……うん」
イマイチ理解できていないような返事ではあったが、優羽さんは両足を地面から離してくれた。
よしよし、これで両足同時に拭くことができる。
片方しか拭けずにギブアップという可能性は無くなったわけだ。
右手と左手にウエットティッシュを持ち、準備も万端だ。
「よし! じゃあサッと拭くね!」
「お願いします……」
どこか弱気な優羽さんの声に一瞬不安は感じたが、結局拭き終わらないと彼女は安心できないのだと気付く。
そうなると俺にできるのは急ぐことだけだ。
ウエットティッシュを持ったままの両手で、彼女の両足のかかとに触れる。
「えっ……?」
優羽さんが疑問の声を上げるのは聞こえていたが、俺にできるのは急ぐことだけ!
かかとからつま先に向けて、足の裏をサッと拭いた。
もちろん、両足同時に。
「はぁぁぁぁ~っ!」
不思議な声とともに、ベッドにバタンと後ろ向きに倒れこむ優羽さん。
彼女の様子を確認するため、慌てて立ち上がった。
「大丈夫、優羽さん!? 壊れたおもちゃみたいな倒れ方したけど!」
「……な、ナオ君、それは、ダメだよ……」
息も絶え絶えといった感じの優羽さん。
彼女の言葉にハッとした。
「ご、ごめん! 優羽さんはおもちゃじゃないよね! ちゃんと人間の倒れ方だったよ!」
「うん、そうじゃなくって……。両足同時に拭くなんて、聞いてない……。ダメだよ、そんな刺激的なこと、いきなりやっちゃ……」
「……急いだほうが良いと思ったから、つい……」
呆然とつぶやく。
良かれと思ってやったが、実際は悪かったらしい。
いや、でも察する機会は確かにあったのだ。
優羽さんの反応は、俺がすることをきちんと理解できていない、そんな感じだった。
もっとちゃんと説明してからやれば良かった……。
「なんていうかナオ君は、想像を超えてくるところがあるよね」
「なんかその言い方だと褒められてるみたいだ……」
笑顔で言ってくる優羽さんに、ついツッコミを入れてしまった。
そんな場合ではなく、俺は反省しないといけないのに。
「うん、だって褒めてるから」
「え?」
「褒めてるよ。ナオ君はいつも私のことドキドキさせてくれるねって」
予想外の優羽さんの言葉に、一瞬言葉を失ったが。
思い浮かぶのは、彼女と再会してからこれまでの出来事。
そして、なにより今日のデート。
「……それでいったら、優羽さんもそうだよ。俺の想像を超えて、俺をドキドキさせてくるんだ」
「ふふ、ありがと。じゃあお互いの気持ちも盛り上がってきたところで――」
そう言いながら、優羽さんは身体を起こす。
そして、俺にその場に座るよう視線で促してきた。
その態度は女王様のように超然としている。
「――じっくり足裏を拭く時間、だね」
「……はい! 頑張ります!」
こちらに微笑み掛けてきた優羽さんに、元気よく返事。
優羽さんはフォローしてくれたけど、やはり彼女の気持ちに無頓着なのは良くなかった。
ここで、さきほどの失敗を取り返そう!
優羽さんの右足を持ち上げ、手にウエットティッシュを取る。
……この時点で優羽さんの女王様のような態度は既に崩れていた。
優羽さんは前屈みになり、先ほどと同じく両手を握りこぶしにしてヒザの上に置いている。
明らかに防御態勢だ。
「優羽さん。じっくり足裏拭き、始めるね」
「……うん。一緒に楽しもうね」
気丈に返事をしてくる優羽さん。
なにか趣旨が変わってる気もしたが……。
でも「くすぐってイチャイチャしよう!」というのは最初に伝えてるし、そういう意味では別に変わってないのか。
うん、そうだ。
優羽さんの言う通り、彼女に楽しんでもらって、その上で俺も楽しもう!
決意新たに、彼女の足をジッと見つめ。
手にしたウエットティッシュを、そっと足裏にあてた。
「っ! まだまだ……!」
優羽さんは一瞬ビクッとしていたが、さすがにまだ平気なようで、こちらを挑発するようなことを呟いていた。
もっとも表情からすると、すでに余裕は無さそうだが。
さてここからどう拭いて行こうか。
すこし悩んだが別に正解があるわけでもないし、彼女の反応を窺いながら適当に動かすのがいいか。
とりあえず足裏にあてたウエットティッシュを、円を描くように動かす。
「……っ」
これはさすがにくすぐったかったようで、足を上に持ち上げ俺の手から逃れるような仕草を見せた優羽さん。
けれどこちらがなにかするまでもなく、大人しく足を定位置まで戻していた。
そんな動きを見ていると、なんとなく嗜虐心がうずいてくる。
さっき反応が良かった、かかとからつま先にむけて拭くやり方、あれをもう一度してみよう。
ゆっくりとかかとに触れる。
そして、スーっとゆっくりじっくり、つま先に向けて拭いた。
「……っ!」
彼女の足がピーンと伸びている。
なかなか面白い反応だ。
しかし、そこでふと気付く。
優羽さんの笑い声が聞こえてこない。
彼女の反応の良さならとっくに爆笑が聞こえてもおかしくなさそうなのに、なぜ……?
気になったので顔を上げ、優羽さんの様子を確認。
彼女は左手でスカートを押さえながら、右手で自分の口を押さえている。
もちろん声が出ないようにだろう。
彼女は真っ赤な顔で耐えるように、けれどその視線は――俺をしっかりと捉えていた。
俺が優羽さんの反応を見ていたように、優羽さんも俺の反応を見ていたのだろうか……。
そうやって見つめ合いながらも、優羽さんの足をくすぐる。
すでにウエットティッシュのことは、どうでもよくなっていた。
素手で、優羽さんの素足をくすぐり続ける。
額に汗が浮かぶほど懸命にくすぐる。
優羽さんが悶える様子を眺め。
やがて。
「――っ……!」
優羽さんは後ろ向きにベッドに倒れこんだ。
それは本日三度目の光景だったが。
今までとは違う、そんな気がした。
なんとなく立ち上がれず、しゃがんだままの体勢でいたのだが。
「……優羽さん……? 大丈夫……?」
一分ほどたっても動きが無かったので、呼びかけてみた。
だが。
「……」
優羽さんはそれでも無言。
さすがに俺も立ち上がって、ベッドに仰向けになっている優羽さんの様子を確認。
「……はぁぁぁ~」
優羽さんはうっとりと天井を見ていた。
「優羽さん? 大丈夫?」
「……うん、大丈夫だよ……。……ごめんね……1人で楽しんじゃった……」
「そんなことないよ。俺も楽しかった」
これはフォローではなく本音だ。
なんとしても彼女の笑い声が聞きたいと必死になってしまった。
もっとも彼女の右手による鉄壁の口押さえのせいで、俺の願いは叶わなかったが。
「ふふ、そっかあ……。それなら、良かった……」
優羽さんはそう言うとスッと起き上がり、ベッドを離れた。
意表を突かれた俺は、そんな彼女の動きを黙って見守る。
優羽さんはふらふらと部屋の中央まで歩くと、床に無造作に置かれていたニーソックスを手に取り、こちらを振り向く。
「ナオ君。ほら、ニーソックスだよ……」
「う、うん。そうだね、ニーソックスだ……」
彼女の振舞いに、どこか違和感がある。
なんというか、無理をしているような感じだ。
笑顔ではあるのだが、その表情もどこか空虚というか……。
「……足も綺麗にしてもらったし。ナオ君は、ニーソックス履かせたいでしょ……? もともとは、そういう話だったもんね……?」
なるほど、確かにそこがスタートだった。
ゴスロリメイド服を着た優羽さんにニーソックスを履かせようとしたところで、彼女がニオイを気にしだしたのだ。
本音を言えば、今でも優羽さんにニーソックスを履かせたいとは思う。
ただ……。
優羽さんの様子は、やはりおかしい。
きっと、くすぐりがかなり負担になったのだろう。
これはやめておいた方が良さそうだ。
「……保留は有りですか?」
「……保留?」
優羽さんは首だけでなく、上半身全体を右に傾けていた。
かわいい。
「その、くすぐりだけでもかなりドキドキして満足できたから、今回はここまででいいんじゃないかなって。それで、続きは次のデートのときっていうのはどう? そのメイド服を着た優羽さんもまた見たいし」
俺の言葉を聞いて少し沈黙したあと、優羽さんは優しく微笑んでくれた。
「ホントに保留でいいの? もしかしたら、もう着ないかもしれないよ、この服」
「優羽さんが着たくなければ仕方ないよ。その時はニーソックスじゃなくて、普通の靴下を履くのを手伝わせてよ」
「ふふふ、ホントに子どもの着替えの手伝いみたいになっちゃうね」
優羽さんもいつもの調子を取り戻してくれたようだ。
俺の近くまで来ると、ポスンとベッドに腰掛けた。
「ありがとね、ナオ君」
「うん?」
「私の身体に興味を持ってくれるのも嬉しいし、でも私が辛そうだからやめようって思ってくれるのも嬉しいよ」
「う、うん、どういたしまして」
身体に興味を持ってくれるのが嬉しい……か。
優羽さんの表現は驚くほど直接的だが、そのぶん誤解の余地がなかった。
そのままお互いに無言になったが、居心地がいい。
なんとなく温かい雰囲気を感じるのだ。
両想いだという確信が持てるからだろう。
そんな幸せな空気を噛みしめていると……。
「……ね、アレしたいな」
不意に優羽さんが言ってくる。
「アレ?」
なんのことかよく分からず、優羽さんを見た。
彼女はベッドに腰掛けたままだが、いつの間にか俯いている。
そのせいで彼女の表情がよく分からない。
ただ、口が笑っているように見えた。
だからきっと笑顔なのだろう。
しかし……。
アレ?
アレとはなんだ?
……いや、もしかしてアレのことか?
ワルミちゃんとの秘密の腹ドンのことを言っているのだろうか。
なぜ優羽さんが知ってるんだ?
ワルミちゃんから聞いたのか?
「いいでしょ? 上、脱いでよ」
顔を伏せたまま立ち上がる優羽さん。
彼女の雰囲気は、いつもと違う。
さきほどまでの無理をしている感じとも違った。
少し強引で、どこか――イヤらしい。
それでも俺は優羽さんの言葉に従う。
その場に立ち上がり、上着を脱いだ。
上半身裸になる。
優羽さんはカーテンを閉めに行こうとしたようだが、そもそも閉まっていることに気付いたようでこちらに戻ってきた。
……先ほどまでのあの幸せな空気はどこに行ったんだ?
あの温かくてどこかほのぼのとした雰囲気は一瞬で消えてしまった。
代わりに辺りを漂う、この空気感はなんだ?
……そもそも優羽さんはワルミちゃんとのアレをどの程度知っているのか……?
優羽さんはあの時のワルミちゃんと同じように、俺の上半身を眺めている。
違いは優羽さんの方が距離が近く、興奮を隠すことなくうっとりと見てきていることくらいか。
そして優羽さんは――
なんの前触れもなく、俺のお腹に拳を軽く当てて来た。
「ド、ドーン!」
変な言い方になった。
あまりにも急すぎて、驚いてしまったのだ。
なかなか動揺が収まらず、視線が部屋のあちこちを彷徨ってしまう。
優羽さんはそんな俺をじっと見つめているようだ。
そのまま彼女は、とても優しく俺のお腹に拳をポンと置いた。
これは、ご褒美前のやり方のように思えた。
しかしそうだとするとさすがに早すぎる。
俺は声を出せなかった。
どうしていいか分からなかったのだ。
それでも優羽さんの顔は近付いてくる。
我慢ができなくなったような、そんな表情。
……やはりご褒美の時間のようだ。
正直混乱はある。
しかしそれ以上に期待していた
優羽さんとキスできるかもしれない。
鼻息が荒くならないよう短く浅い呼吸を繰り返し、唾を飲んでその時が来るのを待つ。
そして――。
優羽さんの口づけは、俺が期待したものよりはるかに情熱的だった。
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