第23話 趣味研究同好会 初回ミーティングその2

「うん、そうだな。とりあえず明後日の金曜日になにをするかは決めておきたい。それで、できれば、この先1ヵ月分くらいの活動予定が決まると助かる。なので、みんなに考えてもらった『趣味研』の活動案を聞きたいんだが……」


 マコトもヒヤヤッコを怒らせる気は無いようで、ヒヤヤッコチョップを避けながら素直に話を進めていた。

 さりげなく「趣味研」の略称を採用したのも、唯一まともな名称を提案してくれたヒヤヤッコへの気遣いかもしれない。


 ただ司会進行に慣れていないせいかマコトは誰から聞くべきか少し迷ったようだ。

 とりあえずマコトの親友である俺が口火を切ろう。


「はい、じゃあ俺から発表します。俺が考えたのは『街の美味しいお店探索』です。あのお店おいしいよとか、あそこのスイーツが派手でスゴイとか話題にしやすくない? 大人になってもそういう知識があれば、会話も弾むだろうしいい趣味じゃないかなって思うんだ。だから明後日は、さっそく街に繰り出して、お店に行ってみたらどうかなって。俺、良いところ知ってるんだ。喫茶ふがふがっていう落ち着いた雰囲気のお店でさあ、店主がすごく素敵なんだよねえ」


「最後で台無しになりましたね。途中までは悪くないかなと思いましたけど」


「許可すると毎回ふがふがに通いかねんからな、ナオは」


 優羽さんもマコトもダメ出ししてきたが、それなりに納得もしているようだ。

 ただ自分で言っておいてなんだが、どのお店に行くかの入念なリサーチとそれなりの資金が必要なので趣味としては結構大変そうではある。


「うーん、美味しいお店にばっかり行くと食べ過ぎちゃいそうだなあ。やっぱり体重が気になるし、ちょっと遠慮したいけど……」


 ヒヤヤッコは否定的で、九条さんも頷いているところを見ると否定派のようだ。


「あーと、じゃあ、ヒヤヤッコはなにかあるか?」


「えっと、私はね、映画とかどうかなって。ジャンルの好みはあっても、映画自体が嫌いって人は少ない気がしない?」


「なるほど、いいかもな。趣味は映画鑑賞ですって結構言いやすいし」


 たしかに趣味には良さそうだ。

 ただ同好会の活動としてはどうだろう。

 各々のスマホで視聴するわけにもいかないだろうし、視聴覚室を借りるか映画館にでも行くことになるのだろうが……。

 5人の好みに合う映画でないと、全員で鑑賞するのはしんどい気がする。


 まあ今の段階で否定しても仕方がないので、とりあえず黙っておいた。


「九条さんはなにかある?」


「えっと私は、マリンスポーツとか、スキーとかが良いかなって思います」


「……たしかに……楽しそうだ。ただ、趣味にするのは大変かもしれんな。シーズンも決まってくるし」


 マコトは言葉に詰まりながらも、九条さんに笑顔を向けていた。

 冷や汗が見えるのは俺の勘違いではないだろう。

 俺と同じでマコトもスポーツは不得意なのだ。

 まして九条さんの提案は俺たちには馴染みが薄い特殊なスポーツ。

 当然不安しかない。


「経験があまり無いので興味はありますけどね」


「たしかにあんまりやったことないなあ。特にスキー。このあたり大して積もらないし」


 優羽さんは運動嫌いと言いながらスポーツ万能なのであまり抵抗はないようだし、ヒヤヤッコもなんだかんだで無難にこなすタイプなので余裕の反応だ。


「はい、なので皆で旅行です! 九条家でスキー場を経営してるので、冬はそこに行ったらどうかなって」


 九条さんが笑顔で言う。

 金持ちはさすがだ。


「それとマリンスポーツも問題なしです。九条家が所有しているプライベートビーチがあるので、夏休みには皆で行きましょう」


 うん……ほんとにお金持ちすぎない?

 プライベートビーチってマジで存在してるんだ……。


「へーいいね、行こう行こう」


 普通に喜んでいるのはヒヤヤッコだ。

 彼女は一般人のような振りをしているが、九条さんと大差ないようなお金持ちの令嬢なのだ。

 この程度では動じないのだろう。


「う、うわーい、行こう行こう」


 とはいえ、俺も興味はあるので全力で合わせた。

 マリンスポーツというのなら、水着に着替えるはずだ!

 ましてプライベートビーチだと!?

 このイベントは絶対に見逃せない……!


「まあ、あんまり先のことを今から言ってもあれだし、とりあえず全員の案を聞いてからもう一度考えるか」


「……ちなみに月島先生はなにかありますか?」


 先生が一言も発言していなかったので、話を振ってみた。

 月島先生は窓側の壁付近に置いた椅子に座りこちらを見ている。

 ミーティングの序盤でマコトが妙に緊張していたのは、彼女がいたせいだ。


「うん? 私か?」


 どうもぼんやりしていたようで、気の抜けた返事がかえってきた。


「どうされました、先生。お疲れですか?」


 優羽さんは聞き方にそつがない。

 俺なら「目を開けたまま居眠りですか?」と聞いていただろう。


「いや、なんていうかお前たちは普通に仲がいいんだなと思って見ていたんだ」


 よく分からない感想だった。

 もしかすると、俺とマコトが女性陣を無理矢理同好会に誘ったのではと疑っていたのかもしれない。


「なんにせよ私は特に口を挟む気はない、と言いたいのだが1つ注意点がある。基本的に校外での活動には事前の申請が必要でな。外部とのお金のやり取りがある場合は、特に厳しく審査されるぞ」


「じゃあ映画館とかは難しいですか?」


「少なくとも『今日行きたい』で行くのは難しいな。それなら同好会ではなく、普通に遊びとして行った方がいい。逆に行くまでに時間の余裕があって、私が引率できるようであれば、申請が却下されることも無いだろうが。それでも自腹は覚悟しておけよ」


 なるほど、事前申請か。

 学校にしてみれば当然の対応なのだろうが、正直めんどくさいな。

 一方で自腹になるのは仕方がないと思う。

 正式な部活でもないのに映画を見て学校にお金を払ってもらうのはちょっと気が引ける。


「霧島さんはなにかある?」


 そんなことを思っている間にも話は進んでいたようだ。

 マコトはいつ出したのか、手元のノートにメモを取りながら優羽さんに聞いていた。


「そうですね。室内でできる、ストレッチとかヨガとかどうでしょうか」


「どう、って言われても。まあ、女の人は好きだよねそういうの」


 なんとなく嫌味っぽい返事をしてしまった。

 ガッツリとしたスポーツよりはマシだが、あまり乗り気にはなれない。

 なんというか自分でやるにはエンタメ性が低く感じたのだ。


 ……それに大きな声では言えないが、ちょっとイヤらしいイメージもある。

 水着を着て海で遊ぶ場合は着ている本人もそういう目で見られるかもという警戒心があるだろうが、ストレッチやヨガは本人にそういう意識が無さそうで、罪悪感があった。


 それでも女性陣が目の前でストレッチやヨガを始めたら、俺はイヤらしい目で見てしまうだろう。

 気まずくなるのは目に見えているし、やめてもらう方向に話を持っていきたい。


 しかしこれ、説得が難しいぞ……。

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