第22話 趣味研究同好会 初回ミーティングその1

「それでは、『趣味研究同好会』第一回ミーティングをはじめます」


「よっ! マコト会長っ!」


 会長のマコトが緊張感たっぷりに話し始めたので、俺は適当に合いの手を入れ、激しく拍手!

 皆もつられたようで、拍手の音が教室に響く。

 幸先の良い滑り出しである。


 今俺たちは文化棟の4階にある、名もなき空き教室にいた。

 ここが我ら趣味研究同好会に割り当てられたスペースなのだ。


 教室の後ろにあった机を中央で向かい合わせて、適当に座った俺たち。

 出席者は会長のマコト、俺、優羽さん、ヒヤヤッコ、九条さん。そして顧問の月島先生。

 つまりは同好会のフルメンバーが揃っているわけだ。


「とりあえず活動は週2回必要なので、基本は水・金で考えています。まあ、このあたりは変更できるのでとりあえずやってみましょう」


 マコトはみんなの顔を見回している……のだが、やはり緊張しているようで首の動きがぎこちない。


「えー、というわけでさっそく最初の議題です。内容は、うちの同好会の略称をどうする? です」


「なるほどー、大事ですよね略称は」


 ウンウンと軽く頷きながら、考える。

 「趣味研究同好会」の略称……。

 「趣味研」とかそんな感じが妥当だろうか。

 とはいえ、それをそのまま発表していいものなのか少し悩む。


 略称の選択肢はかなり少ないし、議題といいながらも議論の余地が無いのでは……?


 様子を見た限り、優羽さんもヒヤヤッコも真剣に考え込んでいるようだ。

 ならば俺は好きなようにボケてもいい気がする。

 でもマコト会長の晴れ舞台を、俺の変なボケで台無しにしたくない……。


 そんなことを思いながら、九条さんにも目を向けた。


「あ、あの……」


 彼女は控えめに手を上げている。

 前々から思っていたが、大人しそうに見えて意外と積極的なタイプのようだ。


「りゃ、略称ってなんでもいいんですか……?」


「ああ、もちろん。略せてないとちょっと困るが……。案があるのなら是非聞かせてくれ」


 会長らしく、鷹揚に頷くマコト。

 九条さんはホッとしたようだが、それでもモジモジしながら口を開く。


「あの……『趣味研究同好会』が正式名称で、それでは長いから省略しようってことですよね?」


「ああ、そうだぞ」


「でしたら長さ的には平仮名で4文字くらいが理想だと思うんです。それで考えたんですけど……。研究の『けん』、同好会の『どう』を取って、略称にしませんか。『趣味研究同好会』略して『けんどう』。ちょうど4文字ですし、これでいかがでしょう?」


「いや、いかがでしょう言われても」


 思わずツッコミが声に出てしまった。

 でも「けんどう」はマズいって……。

 その名前使っていいの、剣道部だけだから……。


 九条さんの予想外のボケにマコトも一瞬困惑した様子だったが、すぐに気を取り直したようだ。

 優しい表情で頷いていた。


「なるほど。剣道部と勘違いさせるわけだな」


「え…………? ……あっ!」


 九条さんはしばらくキョトンとしたあと、ハッとしていた。


 ま、まさか気づいていなかった?

 いやさすがにそんなことは無いよね?

 「気付いていなかった」っていうボケだよね……?


「あ、あの、そんなつもりでは……。可愛いのがいいなって思っただけで……。それに、耳に馴染む気がして……。その、えっと、う、ううう……」


「よしよし、大丈夫だよヒメルちゃん。天然で可愛いね、ヒメルちゃん」


 どうも本当に気付いていなかったようで、モゴモゴと言い訳したあと、恥ずかしそうに顔を伏せる九条さん。

 隣に座るヒヤヤッコはどさくさに紛れて九条さんを抱きしめ、愛おしそうに頬ずりしている。


 しかし九条さんが天然ボケとは……。

 この同好会はボケが多いからマコトも大変だ。


「可愛いのが良いっていうヒメルさんの話も分かりますけど、そもそも『けんどう』って可愛い感じじゃないですよね」


 じゃれあう九条さんたちを見ながら、首を傾げている優羽さん。

 しばらく考え込んだあと、こちらを見てピッと人差し指を立てた。


「どうせ可愛くするのなら、研究のけんではなくて『きゅう』を取ったらどうです? 『きゅう』のほうが音の響きが可愛いですよね。それで同好会の『どう』を取るんです。『趣味研究同好会』略して『きゅうどう』。いかがでしょう?」


「いかがでしょう言われても」


 またもツッコミが声に出た。

 だがそれも仕方あるまい。


「ダメですか、ナオ君?」


 少し悲しそうに聞いてくる優羽さん。

 これ本気で言ってるのかな……?


「ダメっていうか、今度は弓道部と被ってるから……」


「え…………? ……あっ!」


 俺の指摘に九条さんと同じリアクションの優羽さん。

 まさか優羽さんまで天然ボケなの……?


 ヤバイぞ、俺はボケなのにこのままでは女性陣に対してはツッコミになってしまう!

 いったいどうすればいいんだ……!


「確かに『きゅう』は可愛いかもしれんが、『どう』が可愛くないんだよなあ。そっちをなんとかしないと、可愛くはならないと思うぞ」


 マコトはツッコミを放棄したようで、ボンヤリとそんな感想を漏らしていた。

 そして、こちらをチラリと見てくる。


「それと、ナオよ。ボケを考えるのは構わんが、頭を抱えてまで悩む必要はないからな」


「うっ……」


 俺の葛藤を見抜かれたようで、ボケてもいないのにツッコまれてしまった。


「やっぱり天然ボケの人たちには勝てないよ……!」


 思わずうめく。

 勝ち負けではないのは分かっているが、しっかり者と思っていた優羽さんまでボケてくるとは思わなかった……。


 しかもまだヒヤヤッコが控えているのだ。

 俺の友人で一番の天然ボケといえばヒヤヤッコ。

 ボケの才能が無い俺は、彼女に対しては諦めてツッコミをするしかない……。


「な、なにナオ君。なんで私の顔をじっと見るの?」


「……いや、ヒヤヤッコはなにか案があるのかなって、そう思っただけだよ」


 素知らぬ顔で答える。

 別にヒヤヤッコが悪いわけではないのだし、プレッシャーをかけるのはやめよう。

 そのかわり、ヒヤヤッコのボケに対して温かいツッコミをプレゼントするのだ。


「……ぼ、ボケなきゃダメ……?」


 だが長年の付き合いのせいか、天然ボケへの期待が伝わってしまったようだ。

 落ち込んでいる九条さんと優羽さんの頭を両手でよしよしと撫でながらも、不安そうに聞いてくる。


「いや普通で構わんぞ。ナオがヒヤヤッコに熱い視線を向けるのはいつものことだし気にするな」


 マコトは会長なだけあって、軌道修正してくれた。

 いや修正できてるかな……?

 俺、いつもヒヤヤッコに熱い視線を送ってるの……?


「えーと趣味研究同好会なんだから……」


 ヒヤヤッコは腕組みをして頭を振りながら悩んでいる。


「えっとお、うーん……。しゅ、『趣味研』……とか?」


 ヒヤヤッコォ……。

 いろいろと考えた結果、普通の答えにたどり着いたらしい。

 しかし俺は普通に答える勇気がなかったのに、ヒヤヤッコはきちんと口に出したのだ。

 これはとても尊いことだと思う。


「ヒヤヤッコって、ホント可愛いよね。その素直さをこれからも大切にしてね」


「えっと、う、うんありがとう、ナオ君。なんとなくバカにされてる気もするけど……。でも可愛いって言われると嬉しいね」


「ホントに素直だな、ヒヤヤッコよ……」


「も、もう、別にいいじゃん! それで次の議題はなに!? 趣味研の活動内容を話し合うの!?」


 ツッコミを入れているマコトに対して、ヒヤヤッコは真っ赤な顔で誤魔化すようにチョップを繰り出していた。

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