第21話 優羽さんとデート計画
学校から帰宅後、ベッドで横になりスマホを眺める。
同好会の活動について考えるうちに、それより優先度が高い予定を放置していたことに気付いたのだ。
――優羽さんとのデート。
同好会も大事だが、さすがにデートが最優先である。
正直ワルミちゃんのことを考えると複雑ではあるが、エッチなご褒美目当てでOKした俺はどうこう言える立場ではなかった。
全力で優羽さんに楽しんでもらい、そのあと全力でワルミちゃんに謝ろう……。
とにかく適当に済ませるわけにはいかないし、どんな感じのデートコースがいいだろうかとネットで調べているのだが……。
いまいちピンとこない。
確かに参考になる情報は多いが、優羽さんが喜んでくれるデートになる気がしなかった。
そう思ってしまう理由は、自分でも分かっている。
……俺は優羽さんの好みをよく知らない。
デートコースを決める判断材料をそもそも持っていないのだ。
考えてみればこれに関してはデート相手がワルミちゃんだったとしても似たようなものだろう。
例えばヒヤヤッコの好みであれば、わりと把握できている。
彼女はなんでもOKなタイプで、商店街でもゲーセンでも遠くの海辺でも近くの水路でもどこにでもついてきて、いつも笑っていた。
食べ物に関してもそうだ。
スイーツから観光地特有のネタ的食べ物まで、俺たちと一緒になんでも食べた。
辛い物は比較的苦手なようだったが、それでもこちらが食べていると一口ちょうだいと自分から地獄に突入してきて「おみず、おみず」と騒ぐことも多々あった。
一方の優羽さん。
彼女と外で遊んだ記憶はほとんどない。
喫茶ふがふがや、お正月の初詣で行った神社くらいか。
食べ物の好き嫌いも分からない。
ふがふがで出されるメニューに関しては食べているのを見たことがあるが、好物なのかはよく知らない。
コーヒーが苦手というのもこの前知ったくらいだし……。
……これは、さすがにまずいな。
こんな状態でデートが成功したら奇跡だ。
とはいえ諦めるわけにもいかない。
ユキさんに聞いてみようか――と思っていると、スマホが振動した。
優羽さんからのメッセージが届いたようだ。
『今から遊びに行っていい?』
……タイミング的に、彼女の用件もデート関連な気がする。
OKの返事を送り、1階に降りた。
リビングで待つつもりだったが、すぐに玄関のチャイムが鳴る。
優羽さんはすでにこちらに来る準備をしていたのだろう。
髪を軽くまとめ、黒いTシャツに短パンというラフな格好をした彼女に内心どぎまぎしつつ、部屋まで案内した。
「えっとね。デートコースの相談をしたいなあ、って思って。……来ちゃいました」
俺の部屋に入るなり、照れくさそうに言う優羽さん。
「そっか。俺も今考えてたんだけど、ほとんど決まってないよ」
「えっ、考えてくれてたの?」
優羽さんの表情は輝いていた。
そんな彼女から目をそらしながら、床に座る。
彼女は喜んでいるようだが、実際はデートに関してなにも思いつかなかったのだ。
なんだか心苦しい。
「もしかして優羽さんもなにか考えてた? それだったら、優羽さんのプランでいいよ」
俺はどこでデートしたって文句は無いし、優羽さんの好きな場所に行けば自然とお互いの満足度が高いデートになるだろう。
「ううん、せっかくだし2人で決めようよ。でも嬉しいな。一緒に考えないとナオ君は興味ないだろうしって思ってたんだ。ご褒美目当てでOKしてくれただけで、デート自体を楽しみにしてるのは私だけだろうなって」
「俺も楽しみにはしてるよ。ご褒美の話を抜きにしてもね。ただやっぱり、ワルミちゃんへの後ろめたさみたいなのが正直あるっていうか……」
「うん、今はそれでいいよ。私も少しづつ1人の私になっていくつもりだから、ナオ君も少しずつ慣れていってよ」
「……うん」
正直、それに関しては自信が無かったものの頷いた。
優羽さんも分かってはいただろうがそれ以上なにも言ってこない。
その代わりなのだろうか、彼女は俺に笑顔を見せてくれた。
学校での上品な微笑みとは違う、少し子どもっぽいワクワクしているような笑顔。
美人な優羽さんがこういう表情を浮かべるのは反則だ。
かわいすぎる。
「ナオ君はどんな感じのデートにしようと思ってたの?」
もしきちんとした計画ができていたら、笑顔で聞いてくる優羽さんに即座に提出しただろう。
けれど実際は今できていないだけでなく、今後できる見込みも無い。
……ここは素直に相談しておこう。
「正直全然決まってないんだ。考えてみたら優羽さんと外で遊んだことってあんまりないから、どういうのが良いのかなって」
「んー、どうせならナオ君が普段遊んでるところに行きたいかな。そのほうが嬉しいよ」
「でも俺としては優羽さんの好みを知りたいんだよね。デートならここは外せないって場所はある?」
「あ、ちょっと待ってて! さっきは言えなかったんだけど、実はデート案をノートにまとめてるの! 部屋に取りに行ってくる!」
そこまでしなくても、と言うより早く彼女は部屋を飛び出し、5分ほどで戻ってきた。
ハアハア息を荒げながら、青い表紙のノートをテーブルの上に置く優羽さん。
彼女の視線を感じながら1ページ目をめくる。
「喫茶ふがふが」や「神社」、「タワー」、「ゲームセンター」など、観光地からごく普通のお店までいろいろな場所の名前が、カラフルなペンを使って書かれていた。
なんとなくだが、俺が行きそうなところや好きそうな場所をリストアップしている感じだ。
各スポット名の右側には備考欄があって、注意書きが記されている。
喫茶ふがふがの備考欄は『できれば避けたい』
……よく行くところなので、気持ちは分かる。
俺も、ふがふがは思い浮かんだがさすがに避けた。
神社は『人が多そう。雰囲気は良し。手は繋げる』
カラオケは『2人きりになれるから行きたい。キスの可能性も?』
……これは俺が見ても良いノートなのだろうかと思いながら、読み進める。
ページの一番下の単語に目が止まった。
『ラブホテル』
……。
備考欄を見る。
『ナオ君は興味あると思う』
そりゃ、あるけども。
興味津々だけども。
「あ、違う! これは違うの!」
俺がどこを見ているのか気付いたようで、優羽さんは焦っていた。
そりゃあ焦るだろう。
というかもしかしてエッチなご褒美って……?
「行こうと思って書いた訳じゃないよ。ただ、興味がある場所を全部書き出してみただけ」
どうもそういうわけでは無いようだ。
まあラブホテルでご褒美と言われても、それはそれで困るし、否定されて安心なくらいだ。
ん、でも……。
「興味がある場所……?」
「え、なに? ナオ君ラブホテルに興味無いの?」
「いや、そりゃあるけど」
俺が素直に答えると、優羽さんは我が意を得たりと頷いていた。
「でしょ? その興味が高まるあまり、ちょっと友達と行ってみようかとなるかもしれない。ナオ君、田坂君と仲良いでしょ? 男友達と冗談のつもりで行ってみる、その可能性を潰しておきたかったの」
「潰すまでもなく、その可能性はないよ」
「ホントに? じゃあ、ナオ君のプランも教えてよ。ラブホテルは入ってないの?」
「入ってないよ。優羽さんじゃないんだから」
俺がそう言うと、優羽さんが再び笑顔になった。
こんな表情になるようなことを言っただろうか。
むしろ怒らせそうな、迂闊な発言だった気もするが……。
「なに? どうかした?」
「なんか嬉しいなって思って。ナオ君とは壁を感じることがあったから、こうやって冗談を言い合うのがすごく楽しいの。えへへへ」
照れたように俯いて、嬉しそうに笑う優羽さん。
彼女に言われて、気付いた。
――心の壁。
ワルミちゃんに悪い気がして優羽さんとはあまり仲良くしないでおこうという意識は、正直子どもの頃からあった。
実際、俺の対応はワルミちゃん相手のときと優羽さん相手のときとでかなり違うだろう。
ワルミちゃんから話を聞いていれば、優羽さんも良い気はしなかったはずだ。
思わず優羽さんに謝りそうになったが、こらえた。
彼女が求めているのは謝罪ではない。
気軽な会話だ。
「……そっか。でも、優羽さんも学校では壁を感じるよ。なんであんなに上品な感じで振舞うのかなって」
どうせなので気になっていたことを聞いてみた。
「ああー、あれはねえ、中学のときに九条さんにかなり慕われちゃってね。調子に乗ってお嬢様っぽく振舞ってたら、九条さんの前であの感じ以外の話し方ができなくなったんだよね」
よく分からないが意識的に猫を被っているのではなく、九条さんの前だと自動的に猫が被さってくるという話だろうか。
なにそれカワイイ。
そういう猫を、俺も飼いたい。
「あれ、そういえば九条さんはワルミちゃんのことは知らないんじゃない? 人格が1つになるっていうのは学校でもでしょ? 大丈夫なの?」
「うーん、たしかにいきなりワルミ要素が出たら、九条さんが気絶しちゃうかもしれないね。たまにワルミをチラ見せして、慣れてもらったほうがいいのかな」
「それがいいんじゃない。っていうか俺も学校での優羽さんは丁寧すぎて、違和感あるし。今の優羽さんの方が好きだから、被さってくる猫を追い払って、学校でもこの感じでいて欲しいなあ」
「……ふふふ、ありがとう。でもニヤニヤしちゃうから、あんまり褒めないで欲しいよ」
言葉の通り、にやけた顔を右手でこすっている優羽さん。
たしかワルミちゃんもこんな仕草をしていたっけ。
やはり、似たところは多いのだろう。
なんとなく見惚れていたが、優羽さんに聞くことがあったと思い出した。
ある意味、一番大事なことだ。
「そういえば確認したいんだけど、デートっていつ行く? 次の休み?」
「んー、それでもいいけど、もう少し先の方がいいかも。こうやって話すのが楽しくなってきちゃった。デートが終わるとこういうのも無くなっちゃうし、できるだけ引き伸ばしたいね」
優羽さんはニヤリと悪い顔を作ってこちらに見せてきた。
そんな表情も可愛らしかったが、俺が気になったのは彼女が言った言葉だ。
デートは1回だけ、なんて話あったっけ?
「別に、またデートしたらいいんじゃないの?」
「……い、いいの?」
「いいの、っていうか、最初からそういう話じゃなかった? デートを重ねて、優羽さんのこともワルミちゃんと同じくらい好きになろう! みたいに理解してたんだけど」
「どうだったかな。ナオ君とデートしたすぎて適当に話してたからよく覚えてないや」
「…………」
優羽さんは無邪気に首をかしげていたが、今の発言は結構破壊力があった。
俺が思っている以上に優羽さんは俺のことが好きなようだ。
ちょっと頭がクラクラしてきた。
「じゃあ次の土曜日にナオ君とデートで決定ね。それで、そのあとも週に一回くらいはデートしようよ」
「……うん、そうだね」
それは既に恋人ではないだろうかと内心思ったが、素直に頷く。
そのあと夕食を一緒に俺の家で食べ、夜遅くまで2人でデートコースを考えた。
当然、外は暗くなっていたので、すぐ隣とはいえ帰宅の際は俺が送ることにした。
笑顔で手を振りながら家に入っていく彼女を見ながら、ふと思う。
……今日のこれもデートなのでは……?
俺、ずっとドキドキしてたんだけど。
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