第20話 ハグ
俺の視線に気付いたようで、マコトがこちらを見てきた。
「ん? いや待て、ナオよ。お前俺に抱きつこうとしてるだろ。悪いが女性としか抱き合う気はないぞ」
さすがは親友、俺が取ろうとする行動に察しがついたようで牽制されてしまった。
とはいえ、これで引き下がる気はない。
俺たちのじゃれあいはここから始まるのだ。
「……ホントにそれでいいの?」
意味ありげに言う。
実際は特になにも考えていない。
全くのノープランだが、自信がある雰囲気だけは前面に出した。
「どういう意味だ? あ、いや、言わんでいい! ナオはこういうときにカオスを生み出すんだ。聞く気はないからな!」
マコトは慌ててお弁当を机に置くと両手で耳を塞ぎ、椅子に座ったままギュッと身を縮こまらせた。
「うん、それならそれでいいと思うよ。月島先生とハグできる方法に気付いただけだから」
結局マコトを説得するには先生関連しかないということで、思い付きをそのまま口にした。
彼はこちらの言葉を吟味するようにしばらく沈黙していたが、やがてゆっくりと耳を塞いでいた両手を下ろす。
そして真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。
「……詳しく聞かせてくれ」
マコトはノリが良いのでこうなった時点で俺たちがハグをする未来は決まったようなものだったが、それでも適当に説得するわけにはいかない。
本気で向き合うからじゃれあいは楽しいのだ。
脳内で必死に論理を組み立てていく。
「ハグの文化って俺たちには無いけど、例えば海外に行ったときに皆がハグしてたら俺たちだってすると思うんだ。マコトだって相手が男の人でも拒否はしないでしょ?」
「んー、まあなあ……。皆がしてるのに俺だけ『男はイヤだ』とは言えんわな」
「うん。その場の雰囲気ってどうしてもあるからね。だからそれを応用して、同好会の挨拶をハグにしたら、先生も拒否しきれずに流れで俺たちとハグしてくれるじゃないかなって」
「……いや、さすがにそれは無理だろ。そもそもなんで同好会の挨拶がハグになるんだ。先生も首をひねるだけだ」
真正面から否定された。
だがこれは悪いことではない。
マコトは俺の話をきちんと受け止めている。
うまく話を展開させていけば、彼とのハグの道が開ける。
「普通ならそうだけど、でも月島先生が言ってたこと覚えてるでしょ? 俺たちのこと『浮世離れしている』ってさ。そんな言葉そうそう言わないよ。普通はしないことも、こいつらならやりかねない、そう思ってるんだろうね」
正確には浮世離れ云々は女性陣に関しての話だったが、今は彼女たちも聞いているのでその辺りはぼかした。
さすがについ先ほどのことで、マコトも記憶に残っていたようだ。
特に反論は無く、むしろ続きを促すように無言でこちらを見ている。
「もし同好会の挨拶がハグになっていても、先生は『ああ、やっぱり浮世離れした連中だ』としか思わないよ。違和感があっても、その違和感を含めて俺たちらしいと考えるわけだね。だから『同好会の挨拶がハグ』っていうのは月島先生も受け入れてくれるはずさ」
「ふむ……。そう言われると確かにありえないってほどじゃないんだよな。海外じゃハグが挨拶なんてよくあることなんだろうし、ヒヤヤッコも九条さんもそういう所に何度も旅行に行ってるわけで」
「うん。だから女性陣がハグに行けば、月島先生は普通に受け入れると思う。いい先生だから、分かった分かったとか言いながらハグする光景が目に浮かぶね」
「……なるほど、俺も今その光景が脳裏に浮かんでいる。スゴイぞ、これは……!」
マコトは目を閉じて、うんうんと嬉しそうに頷いている。
あまりにも素直なその態度に思わず笑いそうになったが、ぐっと我慢して言葉を続ける。
「そこまで持っていけたら、あとは簡単だよ。俺たちも女性陣と挨拶のハグをしていれば、自然と先生ともハグができるさ」
俺がそう言い終わった瞬間、マコトの頷きがピタッと止まった。
ゆっくりと目を開き、難しい顔で俺を見てくる。
「……ナオよ、一番肝心なところをサラッと流すんじゃない。先生が俺たちのハグを受け入れるとは思えんし、そもそも俺たちが女性陣とハグできるわけないだろう。近づいた瞬間『セクハラです』と拒否されて終わりだ」
同感ではあったが認めるわけにはいけない。
むしろここは主張をゴリ押ししよう。
「繰り返しになるけど、ハグは単なる挨拶なんだ。いやらしい意味なんてカケラもないよ。でも、そうだね。それを女性陣にも分かってもらうために、まずは俺たち男同士でハグをしてみる? 女の子に抱きつきたいからするんじゃない。単なる挨拶で、礼儀としてする。俺たちに下心なんてカケラもないって伝えるために、俺とマコトでハグしようか」
そう言ってマコトに微笑みかける。
正直これ以上反論されると、どう説得していいか分からないわけだが……。
しかし心配する必要はなかったようだ。
マコトは感銘を受けたように唸り始めた。
「うーむ、なるほどなあ、ナオ。俺にもようやくナオの話が理解できた。千里の道も一歩から。先生との輝かしいハグも、ナオとの地道なハグから始まるわけだ。いいだろう。受け取れ! 俺のあいさつ!」
彼はそう言うと、バッと立ち上がる。
俺も合わせて立ち、机の横に移動して2人でひしと抱き合った。
ハグとは違う気がしたが、まあ所詮その場のノリなのでどうでもいいだろう。
「とまあ、こんな感じなんですが、皆さんともハグさせていただけますか? 同好会の挨拶にしたいので」
マコトと抱き合ったまま女性陣の方を向き、尋ねる。
当然断られてこの話は終わりになるだろう。
……そう思ったのだが。
優羽さんが浮かべている笑顔が、いつもと少し違っていた。
ニンマリとした、どこかいやらしい笑顔。
「いいですよ。ほら、ナオ君、来てください」
「えっ!?」
優羽さんは立ち上がると、こちらに向け両手を広げた。
抱き合ったまま、マコトと顔を見合わせる。
彼は驚愕の表情を浮かべていた。
多分俺も、同じ表情になっているだろう。
「えっと、良かったねマコト。本当に先生とのハグが待っている気がしてきたよ」
「俺に振るんじゃない。ナオが始めたんだ。これもナオが処理するべきだ」
マコトは一瞬で表情を消すと俺から離れ、自分の席に戻った。
腕組みをしてこちらに頷いてくるところを見ると、もう関わる気はないらしい。
冷たいじゃないか!
ハグまでした仲なのに!
そんなことを思いながらも、優羽さんに再び目を向けた。
彼女の体勢は変わっていない。
足元にヒヤヤッコと九条さんを侍らせたままこちらに手を広げ、笑顔で俺を見ている。
……この場面、俺はどうするのが正解なんだろう?
ハグするのも、それを拒否するのも面白くなる気がしない。
拒否すると多分シラケたような空気になるだろう。
かといってハグをしても盛り上がるとは思えない。
きっと変な空気になるだけだ。
どうせどちらも不正解なら、自分がしたいことをした方がいいように思える。
つまり優羽さんにハグするという選択肢を選びたい。
俺は当然、彼女とハグしたいのだ。
ただ……。
もしかすると、これも浮気か?
優羽さんとのデートはワルミちゃんの許可があるのでまあいいとしても、無許可ハグはどうだろう?
そもそも下心ありでハグしようとする時点でアウト……?
「ふふ、冗談ですよ。ナオ君が真っ赤になって照れている様子を見物できました。眼福でしたね」
うじうじと考えていると、タイムアップになったようだ。
優羽さんは席に座ってしまった。
「ちくしょー!! からかわれた!!」
わざとらしく大声を上げながら崩れ落ちたが、半分以上は本気だった。
変に悩まずさっさとハグすれば良かったという気持ちが正直ある。
優羽さんが切り上げなければ、間違いなく俺はハグするために突進しただろう……。
やはり俺のチョロさは、なかなかのものだ……。
優羽さんのちょっとした揺さぶりで、俺の心はグラグラと大揺れしてしまった。
「え、あ、じょ、冗談だったんだね。びっくりしちゃった」
ヒヤヤッコはホッとしたように優羽さんを見ている。
「残念でしたね、玲香さん。ナオさんが優羽さんとハグしたら、次は私たちもハグしてもらえたんですけど」
「ちょ、なに変なこと言ってるのかな、ヒメルちゃん。別にナオ君とハグしたいとかそんなこと思ってないよ」
「なんのことですか? 私は優羽さんにハグしてもらいたかったですね、という話をしてたんですけど」
「もー!! ヒメルちゃん!!」
そう言いながら九条さんにギュッと抱きつくヒヤヤッコ。
ホントに仲がいいなこの人たちは。
「あーそういや同好会なんだが、初回は今後の活動予定について話し合うつもりだから。それまでに各自、やりたい内容とか考えといてくれ。適当でいいけどな」
「あいよー」
軌道修正するマコトに軽く返事をしながら、放置していた食事を再開した。
……しかし活動内容か。
なにか考えておかねば。
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