第24話 趣味研究同好会 初回ミーティングその3
「そうだなー、姉ちゃんも家でやってたなー」
優羽さんの提案に対して、マコトは妙にのんびりと返事をしていた。
どうも彼にはストレッチ=イヤらしいという感覚が無いようだ。
俺がストレッチにエロスを感じるようになったのは、マコトの姉も原因な気がするが、血の繋がった弟であるマコトは特に気にしなかったのだろう。
しかしそうなるとストレッチを排除するのに、マコトの協力は得られそうに無い。
俺が1人で頑張るしかないのか……。
「うーん、家でやればって言っちゃダメなのかな」
「そう! そこなんです!」
遠回しに否定したつもりが、なぜか優羽さんのテンションが上がっている。
「正直やらなきゃとは思ってても、面倒なときがあるんですよね。ですから、同好会の最初に10分でもやれたら習慣付けができるんじゃないかなと」
「夏休みのラジオ体操的なあれか。家でやる気にはならんが、外でみんなとやるなら続くみたいな」
「そう! そういうことです」
「やっぱり家でやったらって思うけど」
説得材料を考えてみたが特に思いつかないので、同じ言葉を繰り返してしまった。
そのせいで俺の否定的な気持ちが露骨に伝わったのだろう。
優羽さんが、不思議そうにこちらを見てきた。
「ナオ君はどうしてもイヤなんですか?」
「う、うーんイヤっていうか、なんというか。……正直ストレッチってさ、エッチじゃない?」
どうしようも無くなったので、ストレートに伝えた。
優羽さんは驚きの表情を浮かべている。
「え!? そ、そんなことないですよ……」
「おい、ナオ。お前先生がいるのによくそんなこと言えるな」
気まずそうなマコト。
「別に先生がいようと関係ないじゃん、エッチなんだから」と言いそうになったが、考えてみるとマコトにとってそれは大事なことなのだ。
もしかすると先生がいるから取り繕っただけで、マコトも俺と同様ストレッチにエロスを感じるタイプだったのか……?
そういえば優羽さんの提案を聞いたマコトは妙に間延びした相槌を打っていた。
彼の性格的に女性陣をイヤらしい目で眺めるのは抵抗があるだろうし、時間を稼いでストレッチを排除する方法を考えていたのかもしれない。
……マコトを疑ったりせず、彼と力を合わせておけばよかった。
そうすれば先ほどの「ストレッチ、エッチ宣言」をしなくても穏便に優羽さんの案を排除できていただろうに……。
そんな俺の後悔をよそに、みんなの視線が月島先生に集まる。
先生は俺たち1人1人の顔をゆっくりと眺め……。
そして申し訳なさそうにギュッと目をつぶった。
「すまない。私もちょっとエッチだと思っていた」
「ちょっ!? そんな、先生!?」
抗議の声を上げる優羽さん。
月島先生は慌てていた。
「いや、違うぞ! 健全な男子高校生が見たら興奮してしまうだろうと、そういう話だ! 私が興奮するという話では無い!」
「それはまあそうでしょうけど」
「実際、教師の立場だとそういうことには敏感になってしまうんだよ。男子生徒はどう感じるのか、というのを気にしないわけにはいかないんだ。間違いが起きてからでは遅いからな」
言いながら九条さんをさりげなく見る先生。
なるほど……。
九条家はこの学校に多額の寄付をしていると聞いたことがある。
万が一にも九条家の娘に変な虫がつかないよう、学校としても気にしているのだろう。
「健全な男子高校生は、ストレッチのどこに興奮するんですか」
優羽さんは不満なようで、口を尖らせていた。
「まあ、女体を包む薄着姿とか、女体を強調するポージングとかだろうと推察する」
優羽さんは俺に向かって聞いてきたが、なぜか月島先生が返事をしていた。
とはいえ内容に関しては同意だったので、俺は沈黙を選ぶ。
「それじゃあ、ジャージでやるのならどうです? セクシーなポーズも無しで」
「むしろセクシーなポーズがあるのか」
「いや、無いですけど。先生の心の中に住む男子高校生が興奮するポーズは、除外。それならいいですよね?」
「私の心に、変なものを住ませないでくれ」
「そもそも他の女性陣はどうなの?」
強引に割り込んで話を振る。
狙いはヒヤヤッコだ。
彼女はこの話題になってからずっと無言で目を伏せていた。
ヒヤヤッコは恥ずかしがり屋だし、俺がエッチな目で見てくるかもしれないのだから、ストレッチに賛成することはないだろう。
一方で九条さんはストレッチの話を聞いてからも、可愛らしい微笑みが崩れていない。
ただ優羽さんの案に賛成しているというよりは、俺たちが話している内容をそもそも理解できていないように思えた。
ヒヤヤッコが反対すれば九条さんも反対に回る可能性はある。
そうなれば優羽さんだって主張を取り下げるだろう。
そんなことを考えていると、ヒヤヤッコが穏やかな視線をこちらに向けてきた。
……なんとなくイヤな予感がする。
「えっと、そうだね。……ストレッチもヨガも、ありだと思うよ」
「!?」
なぜなんだヒヤヤッコォ!
俺、ストレッチをするヒヤヤッコのこと、エッチな目で見ちゃうよ!
さすがに口には出せないが、そんなことを思ってしまう。
話の流れでヒヤヤッコにも俺の変態思考は伝わっていたかもしれないが、それでも彼女は俺に優しい微笑みを向けたままだ。
「そもそも私、家でやってるからね。夜寝る前にさ」
しまった……!
ヒヤヤッコが目を伏せていた理由を勘違いしていた。
ストレッチをやるのが恥ずかしかったわけではなく、俺の主張が荒唐無稽で見ていられなかったのだろう。
「別にストレッチもヨガもエッチなものじゃないよ。それを理解するために、ナオ君も私たちと一緒にやろうよ、ね?」
ヒヤヤッコは俺の目をジッと見つめながら、諭すように優しく語りかけてきた。
これはちょっと抵抗できそうにない。
「……うん、ごめん」
思わず頭を下げ、謝った。
「……すまん」
先生も頭を下げ、謝罪していた。
「あー、じゃあヨガだのストレッチだのは定期的に取り入れると言うことで。悪いが俺たちはよく分からんから、実際にやるときは霧島さんがリーダーになってくれると助かる」
「はい、そうしますね」
とりあえず、この話は終わったようだ。
しかしなんだか凄く疲れてしまった。
机に突っ伏しながら、マコトを見る。
「……ところで、会長の案を聞いてないけど」
「ああ、俺はまああれだ。やっぱ写真だな。みんなスマホを持ってるし、室内でも屋外でもどうにでもなる」
「ちなみに写真撮影のために外に出るのも、申請が必要ですか?」
一応先生に聞いてみた。
いらないということはないだろうが、念のためだ。
「少なくとも写真部は申請を出していたな。同好会として行動し、撮影するのなら必要だろう。逆に、ただ遊ぶついでに撮影する場合には不要だ。もちろん同好会の活動とは認められんが」
「ふーむ」
マコトは悩んでいるようだ。
なにを考えているかは、なんとなく分かる。
結局この同好会は月島先生との接点を増やすためのもので、そういう意味ではすでに目的は達成している。
あとはどの程度本気でこの同好会を続けるかだ。
活動日数にしても活動内容にしても、部への昇格を狙っているわけではないし、たいして気にする必要はない。
とはいえあまりにも活動に消極的だと、肝心の先生からの評価が悪くなってしまう。
そのあたりのバランスを考えると、面倒な要素が多そうな外での活動は極力控え、この教室内でもできるような適当な趣味で活動日数を稼ぐ、そういう方向性になると思う。
まあ校外活動にしても今から申請を出しておけば月に1回くらいは認められるだろうし、7月か8月にあるであろうプライベートビーチでの水着イベントも問題なく実施されるはずだ。
いや、もし学校の許可が降りなくても個人的に水着イベントに招待してもらえるよう、九条さんとも仲良くならねばならない。
ろくでもない話だが、絶対、断固として俺は女性陣の水着姿を見たいのだ。
「あ、あのー」
そんなことを熱く心に誓っていると、九条さんが手を挙げていた。
他の人間は、好き勝手に喋っていたのに律儀なことだ。
「九条さん、なにかあるか?」
「はい。そのできればなんですけど、校外活動の申請をしたいんです」
「校外活動か。それで、どこに行きたい?」
月島先生が手に持っていたクリアファイルから紙を取り出しながら聞いている。
準備のいい事に、申請の紙を持ってきていたようだ。
「テニスクラブに行きませんか?」
まあ、今月中には行けるだろう。
九条さんの提案を聞いた俺は、のんびりとそんなことを思っていた。
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