第17話 勧誘

 家に帰り着替えを済ませたあと、スマホを手に取る。

 優羽さんにメッセージを送るためだ。


 内容は『今から会える?』

 変に凝っても仕方がないのでシンプルにした。

 送信っと。


 メッセージは即座に返ってきた。


『今、私の部屋でヒメルさんとお話ししています』


 ……スマホでのやりとりでも猫を被る意味がよく分からない。

 ん、いや、逆か?

 文面が残るのだから、丁寧になるのがむしろ当然なのか。


 しかしこの返信では行って良いのか悪いのか判断が難しい。

 取り合えずこちらの都合を言えば、九条さんがいる方が助かるわけだが……。


 少し悩んだが『九条さんもいるのなら、なおさら遊びに行きたいです』と送る。


『はい来てください』


 やはり即座に返ってきたそのメッセージを見ながら、隣の家へ。

 呼び鈴を鳴らすまでもなく、優羽さんが迎え入れてくれた。


「どうぞお入りください」


 笑顔ではあるが、他人行儀なままだ。

 九条さんの前では、被った猫を脱げないのだろう。

 このままでいくからなという圧を感じた。

 今回はお願いする立場だし、からかったりせず彼女に合わせよう。


 メッセージに書いてあった通り、九条さんは優羽さんの部屋にいた。

 可愛らしい私服姿でなんとなくスカートが短く感じたが、実際は学校で着ている制服のスカート丈と大差ないのだろう。

 彼女は優羽さんのベッドの上で、内股でペタンと座っている。

 学校ではできないそんな座り方のせいで短く見えたのだと思う。


「こんにちは、九条さん」


「あ、あの……。こん……にちは……」


 こちらを見ずに消え入りそうな声。

 九条さんとは打ち解けたと思っていたが、今日は妙に恥ずかしがっているようだ。


「あ、あ、この場所、邪魔ですよね、移動します……」


「いえ? 別にそのままでいいですよ」


 慌てたようにベッドから降りる九条さんに、優羽さんが声を掛ける。


「え!? で、でも……?」


 九条さんは困惑したように呟きながら、俺を見てきた。

 いや、見られても困るけど……。


「えっと、優羽さんが良いって言うんだから、ベッドにいたらいいんじゃない?」


「は、はいぃぃ……。わかりましたぁ」


 俺としては無難なことを言ったつもりだったが、九条さんは気の毒なくらい真っ赤な顔でベッドに戻り、グッと俯いていた。

 一体どうしたんだろ、九条さん。

 さすがに様子がおかしい気がする。


「それで、なんの話なんですか」


 九条さんを見つめていると、優羽さんが話を振ってくれた。


 そういえば俺にはマコトから託された大事な任務があったのだ。

 九条さんのことはとりあえず後回しにしよう。


「あのさ、ちょっと確認したいんだけど、優羽さんと九条さんって部活に入る予定はある?」


「私は、特には。料理研究部はちょっと興味があるんですけどね。入部はしないと思います」


 優羽さんは肩をすくめていた。

 まずはOKだ。

 マコトは兼部でもいいと言っていたが、やはり単独で入ってもらうに越したことはない。


「九条さんは?」


「わた、私も、特にないです。もし優羽さんが部活に入るのなら、同じのに入りたいかなって。それ……くらいです……」


 九条さんの視線は俺と優羽さんを行ったり来たりしていた。

 その反応はやはり気になるが、とりあえずスルー。

 俺の任務を考えると理想的な展開で、これなら本題に入っても良さそうだ。


「マコトが部活を作ろうとしてるんだけど、人数集めしててさ。もし良かったら一緒に入部しない? 2人が入ってくれて、ヒヤヤッコも入ったら5人になるからありがたいんだけど」


「どんな部活なんですか?」


「まだ正式じゃないけど、趣味発見部みたいなやつ。写真撮影だの料理だのいろいろやってみて、自分にあった趣味を探すってかんじ」


「……まあ悪くはないですね。ちなみに探す趣味は文化系のみですか? 運動系も入るのなら遠慮したいですけど」


 優羽さんは運動神経は良いはずだが、運動があまり好きではないようだ。

 部活の勧誘から逃げるのはそのせいもあるのだろう。

 とりあえず誘った感触は悪くないし、優羽さんは確保しておきたい。


「特に決めてないけど、運動系があったとしても強制はしないし、興味ないときは参加しなくていいと思うよ。極端な話、個人個人では別のことやっててもいいと思ってるから」


「あ、あの……。ちょっといいですか」


 九条さんが控えめに声を掛けてきた。

 彼女の手元には生徒手帳があって、後ろの方のページを見ているようだ。


「ぶ、部活を新しく作るという話でしたけど、最初は同好会からになると思うんです。生徒手帳に規約が書いてあって……。きちんと活動してたら翌年から部活として認められるはずです」


「ん、そうなんだ。じゃあ顧問は要らない感じかな」


 それはまずい。

 部活を作る意味が無くなってしまう。


「いえ、同好会顧問という名称で、やっぱり顧問が必要みたいです」


 なるほどそれなら問題はなさそうだ。

 しかし勧誘する側がそんなことも知らなかったのは、なんだか申し訳ないというか情けないというか……。


「九条さんは、細かいところに気がついてすごいね。生徒手帳に書いてあるのは俺も知ってたはずなのに、見ようとも思わなかったよ」


「えっ? あの、えっと、最初にもらったときにパラパラと見て、それで記憶に残ってて。偶然なんです、えへへ」


 九条さんは、再び下を向いて照れている。

 小動物的な可愛らしさがあった。


「かわいい……」


 思わず声が出た。


「えっ、えっ、えっ!?」


 本人に聞こえてしまったようで、九条さんの目が思いっきり泳いでいる。

 せっかく落ち着き始めていたのに、また動揺させてしまった。


「あ、ごめん違うんだ。その、なんか、かわいかったから、つい声に出ちゃって」


 慌てて弁解しようとしたが墓穴を掘った気がする。

 優羽さんも呆れたような目でこちらを見てきた。

 おそらくワルミちゃんであれば「なに口説いてやがる」と言ってきただろう。


 しかし今ここにいるのは優羽さんなのだ。

 まじめな彼女はこういうのにツッコミを入れてきたりしない。


「まったく、ナオ君はすぐ女の子を口説きますね」


 と、思いきや現実の優羽さんは、妄想上のワルミちゃんと大差ないことを言ってきた。

 ワルミちゃんが丁寧に話しているようで、なんだか面白い。


「へへへ。……へっ!?」


 口から変な笑いが漏れてきて、自分でも驚く。

 まずい。

 最近ワルミちゃんに会えてないから、禁断症状が出ているのかもしれない……。


「なにを喜んでるんですか」


 当然優羽さんは笑い出した俺を見て呆れている……と思ったが彼女もなぜか笑顔だった。


 いや、だが、だめだ。

 このままでは話がワケの分からない方向に行ってしまう。

 今の俺には大切な任務があって、カオスを生み出している場合ではないのだ。

 話を戻さないと。


「あー、えっとそれでどうする? 興味ある?」


「わ、わ、私は優羽さんが入るなら入ります……」


 意外なことに先に返事をしてきたのは九条さんだった。

 そんな九条さんの態度を見て優羽さんも決心したらしく、こちらに頷いてきた。


「んー、それでは入りましょうかね。でもまだ細かいことは決まってないんですよね? 顧問の先生も探さないといけないんじゃないですか?」


「月島先生が部活の受け持ちが無いみたいで、聞いてみようかって話はしてる」


 実際は担任目当てなので月島先生に断られた時点で部活の話自体が無くなるかもしれないが、今の段階でわざわざ伝える必要もないだろう。


 とりあえず俺の説明で2人とも納得してくれたようで、顧問さえ決まれば2人とも入会届を提出してくれることになった。

 これは素晴らしい成果だ。

 さっそくマコトにメッセージで結果を伝えよう。


「あ、あのあの私、そろそろおいとましようかと……」


 俺がスマホを操作していると、九条さんが帰る宣言をしていた。

 もうそんな時間かと思い慌てて時計を見たが、まだ17時30分。

 帰るには早い気もするが、お嬢様なので門限も厳しいのかもしれない。


「あれ、もう帰っちゃうんですか?」


 とはいえ優羽さんも意外だったようだ。

 その言葉を聞いて九条さんは泣きそうな顔になっていた。


「は、はいぃぃ、ごめんなさいぃぃ。ちょっとまだ覚悟ができてなくて、そんな私がいると雰囲気を悪くするだけだと思うので……」


「雰囲気? 別にヒメルさんがいて雰囲気が悪くなることなんてないですよ」


「あ、ありがとうございます。でも、その、今回はこのあたりでということで、ごめんなさいっ!」


「もちろん無理に引き止めはしないですけど……」


 九条さんの言っている意味がよく分からないのは優羽さんも同じらしい。

 首を傾げ、困惑していた。


 ……しかし考えてみると九条さんが帰るというのは俺にとって都合がいいかもしれない。


「俺は残っていい? 優羽さんと話したいんだ」


「え? ええ、もちろんいいですよ。じゃあ私はヒメルさんを見送って来ますね」


 優羽さんは一瞬驚いていたようだがすぐに笑顔を浮かべ、妙にあわあわしている九条さんと一緒に部屋を出て行った。


 ほどなく玄関のほうから「おじゃましてごめんなさいっ!!」という九条さんの声が聞こえてくる。

 お嬢様は帰りの挨拶も独特だ。

 それからすぐに優羽さんが部屋に戻ってきた。


「話したいことってなに?」

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