第16話 目指せ、部活の新設 その2

「どんな部活にするか、まだカケラも決まっていない。ノープランだ」


 悪びれる様子もなく、腕組みをしたまま堂々と言ってくるマコト。


「…………」


「だ、だから2人に相談してるんだろ。頼む、力を貸してくれ」


 俺たちの反応の無さにマズイとでも思ったのか、腕組みはやめて、こちらを拝んできた。


 だが文句があるから黙ったワケでは無いので、拝まれても困る。

 ヒヤヤッコもそうだと思うが、どんな部活がいいか考えていて無言になってしまっただけなのだ。


「うーん、部活ねえ。……ヒヤヤッコはなにか案ってある?」


 しばらく悩んでみたが思いつく気配すらなかったので、とりあえず丸投げした。

 こういうのを真剣に考えるのは苦手だ。

 時間を掛けても悪ふざけみたいな案しか出てきそうにない。


「特に思いつかないなあ。さっきも言った通り、帰宅部のつもりだったし……」


 ヒヤヤッコもやはり俺と同じ状況だったらしく、机をジッと見つめてうんうん唸る。

 だがそうやって考え込むうちに良い案を思いついたようで、表情がパアッと明るくなった。


「わ、私ねっ、優羽ちゃんとかヒメルちゃんみたいなステキでかわいい女の子になりたいって思うの。だからそういう部活はどうかなっ?」


 ヒヤヤッコは興奮しているようで、少し早口だ。

 その熱気になんとなく気圧されながらも、確認する。


「『目指せ、キラキラ女子!』みたいな部活ってこと?」


「そうそう! 優羽ちゃんたちに指導してもらうの! そういうのだったら、入りたがる女の子、ゼッタイ多いよ!」


 ヒヤヤッコは自信があるようだが、俺としては逆の印象だ。

 いや確かに入部希望者は多いかもしれないが……。


「でもそれ、肝心の優羽さんと九条さんが入るのを嫌がりそうじゃない?」


 あの2人がさっさと家に帰ったのも面倒事に巻き込まれたくなかったからなわけで。

 どう考えてもそんな面倒な部活に入らないと思う。


「私が説得する! 素敵な貢物を用意しないと!」


 み、貢物……。

 それで説得できるのか?

 いやでも友人であるヒヤヤッコがいけると思うのなら、意外と……?


「まあ待て、ヒヤヤッコ。一旦、落ち着け。その部活は女子に大人気になるかもしれんが、俺とナオが入れんぞ」


「あっ……」


 マコトの冷静な指摘に、ヒヤヤッコはハッとしていた。

 確かに優羽さんたちの前に、俺たちが入れる部活ではない。


「……そ、そんなこと、なくない? べつに、男の子がキラキラ女子を目指しても、いいよね?」


 ヒヤヤッコは往生際が悪い。

 誤魔化すように首を傾げ、そんなことを呟いている。


「かもしれんが、さすがに『キラキラ女子を目指す部活』の部長が俺ってわけにはいかんだろ。月島先生に恐ろしい誤解をされてしまう」


「う、うー……」


 確かに「田坂マコトはキラキラ女子を目指しているのか……」と月島先生が思っても不思議ではない。

 先生へのアピールが目的で部活を作るのに、これでは本末転倒である。


 ヒヤヤッコもその理由には納得せざるを得なかったようで、肩をガックリと落としていた。


「まあ、あれだ。わざわざ部活にしなくても、個人的に聞けばいいだろ。せっかく友達なんだし」


「そうなんだけど……。なんか、直接聞くのは恥ずかしい……」


 慰めてきたマコトにそう言ったあと、ヒヤヤッコは机に突っ伏して頭を抱える。


「うー、ていうか考えてみたら、優羽ちゃんも九条さんもナチュラルにかわいいだけな気がするなあ。素敵な女の子になる秘訣を聞いても、『特にそういうのはないですけど……』ってなりそう」


「まあ、そういうもんだろうな。むしろ『こうやって私はかわいくなりました』とか解説されても困るだろ」


 まあ、それもそうだ。

 なんとなく印象が悪いし、自分から言い出す人はそうはいないだろう。

 そういうのは言語化が難しいと思うし、そもそも――


「そもそもヒヤヤッコは?」


「……うん? なに、ナオ君?」


 なんとなく考えていただけだったが、つい言葉に出てしまっていた。

 別に本当に知りたいと思ったわけでもないが、ヒヤヤッコに聞き返されたので、改めて口にする。


「あ、いや。ヒヤヤッコはできるのかなって。『こうやって素敵な女の子になりました』の解説」


「えっと……?」


 それでも伝わらなかったようだ。

 こういうときは俺の言語能力の無さが嫌になる。


「あーつまり、そのー……」


「つまりナオはこう言いたいんだろ」


 どう言えば理解してもらえるのか悩んでいると、マコトが俺の肩に手を置いてきた。

 助けてくれるらしい。


「『そもそもヒヤヤッコ自身が素敵な女の子だけど、どうやってそんなふうになれたのか、他人に説明できるの?』と」


「ああ、そう。それが言いたかったんだ」


 さすがはマコト。

 俺の親友は、困っている俺を見捨てたりしないのだ。

 本当に頼りになるよ。


「……わ、わたし……」


「ん……?」


 マコトの横顔を惚れ惚れと眺めていると、ヒヤヤッコのささやくような声が聞こえてきた。


「わたし……素敵な女の子……?」


 目を向けるとヒヤヤッコは机に突っ伏したままこちらを横目で見ていた。

 その表情はいつもの幼さを感じさせるものとは違う。


 どこか大人びていて、そして――色っぽい。


「そ、そりゃあ、そうでしょ」


 軽く返事をするつもりだったが、動揺は隠せず声が震えてしまった。

 そんな俺を見て、ヒヤヤッコは微笑んでいる。


「そりゃあそうなんだ……。そっか……」


 わざわざ俺の言い方を真似していたが、別にこちらをからかう意図はないようだ。

 むしろ心底嬉しそうな、そんな様子に見えた。


 ……あれ、マジでこれヤバくない?

 ヒヤヤッコ、かわいすぎない?


 ……このままでは、ダメだ。

 俺にはワルミちゃんというキスまでした相手がいる。

 ヒヤヤッコに魅力を感じている場合ではない。


 この場を切り抜けるためにも、マコトを巻き込もう。

 ヒヤヤッコが素敵な女の子と言うのは一般論であって、俺個人の意見ではないということで有耶無耶にするのだ!

 というかマコトだってヒヤヤッコが美人になったとか言ってたし!


「マ、マコトだってそう思うでしょ!? ヒヤヤッコって素敵な女の子だよねえ!?」


「悪いが月島先生にしか興味がない」


「くうっ!?」


 なんて完璧な言い逃れ!

 さすがはマコト、本人がいないところでも一途さをアピールするとは……。


 とはいえ、マコトに「そうだなヒヤヤッコ素敵だよな」と言わせないと、俺個人の意見ということになってしまう。


 覚悟してくれマコト!

 ヒヤヤッコの素敵さ、思い知らせてやる!


「いやでもヒヤヤッコだよ? 月島先生とは違う魅力があるじゃん。優しいし、いつも笑顔でさ。照れた顔もすごくイイよね。声もかわいいし、アワアワとした仕草ももちろんかわいい。私服姿も魅力的で。そういえばこの前のメイド服姿はやばかったなあ、かわいすぎるって。あと『えっ、そうなの?』って身を乗り出して近付いてくることあるけど、なんか良い匂いしない? あれなんなんだろ? えっと他にも――」


 ガガッ!


 椅子を無理やり引いたような音が聞こえ、言葉が止まった。

 どうもヒヤヤッコが勢いよく立ち上がって出た音のようだ。


 彼女は俯いているが――顔が真っ赤になっているのが見えた。


「わ、わたし、用事があったからっ! 先に帰るね、ばいばいっ!」


 床に向かってそう叫ぶと、カバンをむんずと掴み、教室を飛び出して行った。


 …………。


「……おい、ナオよ。これはお前の責任だぞ」


「……うん、ごめん」


 ヒヤヤッコが出て行った扉を見たまま、素直に謝る。

 恥ずかしがり屋なヒヤヤッコの目の前で、彼女をべた褒めしてしまった。

 マコトに「うん、そうだな」と言わせたいあまり、ヒヤヤッコの存在が頭から抜け落ちていたのだ。

 あれでは逃げ出すのも当然で、マコトの言う通り責任は全て俺にある。

 迂闊なり。


 だがまあヒヤヤッコも明日になれば今日のことは忘れて普通に会話してくれるだろう。

 今回と似たようなことは今までにも何度かあったが、翌日謝るためにその話を振ると「そ、そんなことあったっけ?」となっている、それがヒヤヤッコなのだ。

 意外と彼女は忘れっぽいようで、俺としては助かることが多い。


「……しっかし、どうしたもんかなー。部活案内を見てると意外といろいろあるから、もう新しい部活なんて作れないんじゃないかって気もするんだよな」


 優しいマコトが話題を変えてくれた……と思ったが、そもそもこの話をしていたんだった。


 マコトは背伸びをするように身体を伸ばしたあと、両手を頭の後ろで組んでいる。

 椅子にもたれ掛かりぼんやりと天井を見上げている所をみると、諦めの気持ちがだいぶ強くなってきたようだ。


 たしかに同好会も含めれば結構マイナーな趣味もあって、マコトが言ってることも理解できる。

 確認するため部活案内のパンフレットをカバンから取り出し、改めて眺めてみた。


「……でも、こんだけあっても特に興味がないなー。俺、無趣味なのかな」


「別にそうは思わんがね。ナオはゲームだのマンガだの好きじゃん。部活に入るのは面倒とか、他人に趣味が知られると恥ずかしいとか、そういうことだろ?」 


 俺の親友だけあってよく分かっている。

 たしかに部活に入らない理由を簡単に言えばそういうことになる。


「あー、ただ姉ちゃんが言ってたが、他人に言いづらい趣味を持っていると就職活動のときに地味に面倒らしいぞ。履歴書の趣味の欄が埋まらないとか、面接で聞かれても答えられないとかぼやいてた」


「じゃあ就職対策で趣味を作っておく? 印象が良さそうな奴」


「……悪くないかもな」


 適当なバカ話のつもりだったが、マコトは本気にしたらしい。


「就職対策部でも作る?」


「んーいや。そうだな。趣味発見部とか趣味研究部とかそんなのはどうだ? いろんなことに手を出して、自分にあった趣味を探す部活。実際はマンガ読んだりゲームだのしてても、趣味を探してるんですって言えるだろ。ほかの部活と多少内容が被っても言い訳できるしな」


 本当にそれが通用するかは分からないが、確かにちょっと興味をひかれる。


「……いいかもね。なんか、気楽そうだし」


「よしよし、とりあえず内容はこれでいってみるか。あとは人数が必要だな。5人揃えないと部活にならん」


「とりあえず、ヒヤヤッコは平気じゃない?」


「そうだな。他の部活に入る気は無さそうだし、最悪名前だけでも貸してくれるだろ」


「となると、あと2人?」


 マコトがこちらを見てきた。

 言いたいことは分かっているので、頷く。


「優羽さんに話してみるよ。もしかしたら、九条さんも入ってくれるかも」


「たのむ。他の部活と兼任でもいいからって伝えてくれ。その2人がOKなら一気に決まる」


 マコトは燃えているようだ。

 俺も気合を入れて優羽さんたちを説得しよう。

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