第13話 ゴスロリメイド・ヒヤヤッコ ~2人だけの控室~

 俯いたまま階段を上がり、ゴスロリメイド服を着たヒヤヤッコに続いて控室に入る。

 電気は点けたが、少し薄暗く感じた。

 壁際に並んだロッカー。奥にある机と椅子。部屋の隅にはダンボール。

 小学生の頃も来たことがあるが、当時と比べるとこれでもかなりスッキリとしている。


 そうやって部屋を見回していると、ヒヤヤッコが入口から動いていないことに気付いた。

 彼女は落ち着かない様子で、妙にモジモジとしながら髪をいじっている。

 そして俺の視線に気づいたのか、こちらをチラッと見てきた。


「…………」


 けれど、無言。

 恥ずかしそうに、無言。


 ……これはあれですねヒヤヤッコさん。

 絶対に、勘違いしてますね……。


「あのさ、ヒヤヤッコ」


「……な、なに?」


「俺、見てないから」


「…………」


 ヒヤヤッコは無言のまま、探るような視線をこちらに送ってきた。


 ……ヒヤヤッコは基本的に他人の言ったことをそのまま信じ込むタイプだ。

 そんな彼女がこの反応ということは、こちらをかなり疑っていると思った方がいい。

 スカートの中を覗き込んでいたと思われるのはさすがに心外だし、きちんと説明して誤解を解いておこう。


 安心してもらうために笑顔を浮かべ、ヒヤヤッコに一歩近づく。


「ほら、俺って紳士でしょ? ヒヤヤッコが嫌がることはしないからさ。ちゃんと下を向いて階段を上がったよ」


「う、うん。もちろんそうだよね。わたし、ナオ君のこと、信じてるから。それにそもそも、見ても別にいいよって言っちゃったし、仕方ないよねっ!」


 あ、あれ!?

 まったく信用されてない!?

 口では信じてるって言ってるけど、明らかに覗いたと思ってません!?

 ていうか事実を伝えて信じてもらえなかったら、もう誤解を解く方法がないじゃん!


 このままでは俺、下着覗き男と思われちゃう!

 ヒヤヤッコに変態扱いされるのはイヤだ!


「ねえ、ヒヤヤッコ! ホントなんだ、俺は見てない! 確かに興味はあったさ、でも見てない! もし見てたら、ちゃんと自白するよ! 俺は正直だけが取り柄の男なんだ!」


 一気に余裕がなくなった俺は、ヒヤヤッコに近づいて彼女の肩を掴み、ガクガク揺らしながら叫ぶ。


「う、うん、わかってるよナオ君! ちょっと恥ずかしくて変な言い方になっただけで、見たなんて思ってないよ!」


 ガクガク揺れながら叫び返してきたヒヤヤッコの言葉で、俺の動きは止まった。


「そ、そう……なの?」


「だ、だってナオ君が見てないって言うんだから、見てないに決まってるよ」


 ヒヤヤッコの言葉からは、俺に対する信頼が伝わってきた。


 な、なんだ、ヒヤヤッコは最初から俺のことを信じてくれてたのか。

 俺が勘違いしてワーワー騒いだだけ。

 まったくお恥ずかしい限りだ。


「だってナオ君がホントに見てたら『水色の下着がとっても似合ってる!』とか言ってくれるもんね」


「う、うん」


 微笑みを浮かべているヒヤヤッコ。

 信用してくれたのは嬉しいので、とりあえず頷いたが……。

 言うかな俺、そんなこと……?


 そしてヒヤヤッコさん……。

 水色の下着って例えだよね……?

 今履いてるのを、自分からバラしたわけじゃないよね……?


「あー、えーと、このあたりかなー?」


 なにかを誤魔化すようにしゃがんでダンボールの中を探し始めたヒヤヤッコ。

 さすがに追及はできないか……。

 俺も大人しく探すことにしよう。


「えっと、なんて名前だっけ? その、ナントカカントカって」


「名前は『絶対領域』だけど……今探してるのはニーソックスだよ」


「ああ、そっか、そうだったね」


 今の騒動のせいで、なんのためにここに来たのかもあやふやになってしまったようだ。

 そもそも絶対領域を理解していないのだから、ニーソックスが必要なことを忘れるのも仕方ないかもしれないが……。


 再度ダンボールを探し始める彼女を見ていて、ふと思い付いた。

 俺は今スマホを持っている。

 検索すれば絶対領域の解説くらい簡単に見つかるはずだ。

 実物を見れば案外ヒヤヤッコも知っていたりするのでは?


 スマホをポケットから取り出し、ネットで検索。

 するとなにか気配でも感じたのか、ヒヤヤッコがこちらを振り返った。


「え!? しゃ、写真撮るの?」


 俺の手元にあるスマホを見て驚いた顔をしている。

 ヒヤヤッコのその発想にこちらも驚いたが、確かにしゃがんでいる彼女にカメラを向けているように見えただろう。


「いや、スマホで絶対領域を調べて、教えてあげようかなって」


「あ、ああ、そうなんだ。そうだよね、びっくりしちゃった」


 ……その言い方が、どこかガッカリしているように俺には思えた。

 もしかすると彼女は撮って欲しかったのだろうか。

 いや、そうではないか。

 撮って欲しいわけではないが、興味がないと言われるのもなにかイヤなのだろう。

 わりとよくある心理だと思う。


 ならば俺のやることは一つだ。

 ヒヤヤッコに写真を撮らせてほしいとお願いして、拒否されるのだ。

 これで彼女の自尊心は保たれるし、俺も本気で頼んでいるわけではないから断られても落ち込むことはない。


 ふふふ、さっそくやってみよう。

 ニヤニヤしないように気を付けつつ、ヒヤヤッコに声を掛ける。


「ねえ、ヒヤヤッコ。写真撮っていい?」


「……なんで?」


 なんでときたか。

『ダメだよ恥ずかしい』的な返答を想定していたので理由を聞かれるとちょっと困る。


 ヒヤヤッコは少し俯きながらも、様子を窺うように上目遣いでこちらを見ている。

 スカートの端を両手でいじっていた。

 なんとなく俺の視線も彼女のスカートに向かう。


「えっと、ミニスカートのヒヤヤッコ、初めて見たから、写真に残したいなって」


 咄嗟の返答が変態っぽくなったが、断ってもらうためなので別に構わないだろう。


「……うん、いいよ」


「うん!?」


 変な声が出た。

 え、OKってこと?


 ヒヤヤッコの様子を見るが特に動きはなく、じっと上目遣いでこちらを見てくる。


 ……その視線に操られるようにスマホを彼女に向け、写真を撮った。

 この流れで撮影しないという選択肢はないし、それならば早く済ませないと気まずくなるだけだ。

 深く考えずに撮ってしまったが、むしろ良い判断だったと思う。


 写真を確認しようとすると、ヒヤヤッコもこちらに近づいてきた。

 2人並んでスマホを覗き込む。


 撮影の直前まで上目遣いだったはずだが、写真の彼女は目を伏せていた。

 少し薄暗い部屋でロッカーを背に、ゴスロリメイド服を着た美少女が目を伏せている写真。


 なんかこれ、いかがわしい。


「消して」


 ヒヤヤッコが笑顔で言ってくる。


「あ、はい」


「というか私が消す。いいよね?」


「はい」


 スマホを渡した。

 疑問形ではあったが、拒否権がないのは明白だ。

 ヒヤヤッコはスマホを受け取り、「さすがにこの写真は恥ずかしいから……」と呟きながら写真を消していた。


 そんな時。

 なにを見たのか、ヒヤヤッコの表情が変わった。

 こちらを横目で見てくる。


 ヒヤリとした。

 なにか、まずい写真があっただろうか。


 特に思いつかないが……。

 うん、考えてみたが、やはり問題は無いはずだ。

 スマホは買い換えたばかりで変な写真は撮っていないという確信がある。

 いや買い換える前から変な写真なんて無かったが。


「どうかした? 変な写真とかあった?」


 あるわけは無いと思いつつ、それでも少し不安だった。

 彼女はこちらを向かずスマホの画面を眺めたままだ。


「……タワーの写真があったから。相変わらず好きなんだなって思っただけだよ」


「ああ。スマホに変えたからね。カメラの性能も格段に上がったから、こっちに来てすぐに撮ったんだ」


「……ナオ君と一緒に撮った写真、私まだ持ってるよ」


「一緒に撮った? いつのやつ?」


 そう聞いてみると、彼女はようやくこちらを見てくれた。


「さっき話してたあの日だよ。私がクラスメイトと揉めてたらナオ君が乱入してきてくれた、あの日。誘ってくれたよね。落ち込んでるのなら、元気が出るいい場所知ってるよって」


「……ああ、それはあれだね。俺が落ち込んでたからタワーを見に行きたかっただけだね」


 自信のあるボケでドすべりしてさすがに辛くなったのだろう。

 多分マコトが用事で行けなかったから、彼女を誘ったのだと思う。


「ふふ、そうなんだろうけどね。でも、本当に嬉しかったんだ。私のことを気にかけてくれる人が同じクラスにいるんだって。すごく心強かったんだよ」


 ヒヤヤッコは思い出に浸っているようだ。

 しかし俺としては彼女のことを気にかけた記憶は、正直なところ無かった。

 俺と同じように落ち込んでいたので、声を掛けやすかっただけだろう。

 そもそもマコトが一緒に行けたのなら、ヒヤヤッコを誘うことはなかったと断言できる。


 ヒヤヤッコはそんな俺の考えを知ってか知らずか、悲しそうな表情を浮かべていた。


「冷たい奴って言われたときさ、私、自分でも本当にそうだなあって思ったの。今でも覚えてるよ。班長の子がボウルに入った野菜を床に落としちゃってね。班の子みんな慌てて、掃除したり先生に材料の確認に行ったりしてたんだけど……。私、その場に突っ立ってたの。私も同じ班なのに、ああいうとき、ホントに私動けなくてさ。おろおろするだけで。そうしたら、言われちゃったの。笑ってないで、手伝えって。冷たい奴だって。別に笑っては無かったと思うんだけど、そう見えちゃったんだろうね」


「……な、なるほど。そこで俺が豆腐片手に登場したわけだ」


 いや、俺ホントに空気読めてないな。

 そりゃあウケるわけがないよ。


「あははっ、そうだよ。あのときの私は顔面蒼白だったと思う。でもナオ君が乱入してくれたお陰で、しょんぼりくらいですんだんだ。そしてそのあと、ナオ君に誘われて2人でタワーに行って……」


 変なところで言葉を切ったヒヤヤッコ。

 しばらくぼんやりとしていたようだが、俺が見ていることに気付いたのか慌てていた。


「ま、まあタワーを見ながらナオ君といろいろお話してね。なんかこう、自分に自信が持てたっていうかさ。なにかあったとき、一歩を踏み出せる私になれた気がするの。だからホントにナオ君には感謝してるんだよ」


「そっか。それなら俺もスベった甲斐があったよ」


 少し悲しい気持ちはあるが、本音だ。

 無意識とはいえヒヤヤッコの助けになれていたのなら、あの場で大爆笑を取るより嬉しい。


「あ、そろそろちゃんと探そっか。みんなが待ちくたびれちゃう」


 ヒヤヤッコに言われ、控室に来た理由を思い出した。


 彼女と共にダンボールを漁る。

 黒のニーソックスはすぐに見つかった。

 奥に入り込んでいて見えにくかっただけのようだ。


「じゃあ、俺は先に下りてるから」


 ニーソックスを履くだけとはいえ、俺はいないほうがいいだろう。

 じっくりと眺めてしまいそうだ。


 そのあとすぐにヒヤヤッコも降りてきて、完成系のゴスロリメイド服姿を見せてくれた。

 ヒヤヤッコの絶対領域はかなり素晴らしいもので、彼女は恥ずかしがっていたが、かなりガッツリと眺めてしまった。

 ちなみに意外だったが、ヒヤヤッコの完成版ゴスロリメイド服姿を見て一番テンションが上がっていたのは九条さんだった。


 彼女はまずヒヤヤッコの姿を見るなり、「ヒャアアアアアッ!」と叫び、しばらく沈黙。

 ヒヤヤッコの全身を舐めまわすように眺めたあと、「カワイイィィィィイッ!」と再度叫んでいた。

 そのせいで貧血になったようで、今は控室で休んでいる。

 本人曰く、「よくあることなので心配しないで下さい」だそうだが……。

 よくあるのか、あのテンションが……。


 ちなみに新しい制服は順当に優羽さんが着ていた物になるらしい。

 まあ、当然の判断ではある。


 ただ残念なことにメイド服2着は試着の役目を終え返却されてしまうとか。


 ……メイド服を着たワルミちゃんも見てみたかったなあ……。

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