第8話 マコトと遊ぶ+ヒヤヤッコ出現予告

「すまん、待ったか?」


 本屋のコミックコーナーをぶらついていると茶髪の若い男に声を掛けられた。

 見覚えがないはずなのに既視感があるという、よく分からない感覚に襲われる。


「待ってないよ、カツアゲくん」


「なんだ、その呼び方。ほら、120円は返すぞ」


 俺が故郷に戻ってきたその日に120円を奪い取っていった、例の不良男である。

 本名は田坂マコト。

 俺と同い年で、小学校時代の親友だ。


 受け取った120円を財布に入れながら、昨日のことを思い出す。


 俺が故郷に戻ってくるということで、マコトはわざわざ出迎えに来てくれたのだ。

 特にそんな話はしていなかったので、サプライズを仕掛けたかったのだろう。


 マコトが声を掛けてきたのは、俺が新幹線の改札を出てすぐ。

 俺は当然大喜び――と言いたいが、実際は驚きのあまり小さく悲鳴を上げてしまった。

 3年の間に風貌が変わっていたのでマコトと気付かず、不良にからまれたと思ったのだ。


 そんな俺のリアクションを見て笑っていたマコトだったが、彼の笑顔はすぐに消えた。

 そして引きつった表情で「悪いが、それを返して欲しい」と言ってきた。

 マコトが見つめていたのは俺のカバンに付けられた小さなお守り。


 引越すときにマコトがくれた巾着型の物で、その中には小さく折りたたまれた手紙が入っていた。


 内容は「俺たち一生友達だ」という趣旨のなかなか感動的なものであったが、だからこそ本人としては処分したくなったのだろう。


 マコトが本当に回収したかったのは、お守りというよりはその手紙だったのだと思う。

 気持ちは分からなくもないし、本人から頼まれれば返すしかあるまい。


 ただ返却には問題があった。

 そのお守りの中には手紙と一緒に、俺の貯金から捻出した120円が入っていたのだ。


「しかしあのときは急いでたから聞けなかったが、なぜお守りに小銭を入れたんだ。意味が分からんぞ、ナオよ」


 本屋を出て駅に向かいながら、マコトが不思議そうに聞いてくる。

 大した理由ではないし、隠す意味もないので素直に答えることにした。


「父さんに言われたんだよ。災害のとき公衆電話が使えるように小銭を持ち歩けって。財布に入れると、使っちゃうでしょ? お守りならいつも持ち歩いてるしいいかなって」


「あーなるほど。いやしかし、あんなにきっちり縫い付けたら使おうと思ったときに面倒だろうに」


 それはまあそうだ。

 ハサミでも使わなければ開けられそうになかったので、その場は諦めたのだ。

 緊急時だと諦めるわけにもいかないし、素手で格闘することになっただろう……。


「そこは反省点だねえ。お守りのひもが外れたから中身が出ないように縫ってみたんだけど、あそこまできっちり縫い付けてたとはね。分かってたけど俺に裁縫のセンスはないよ。……それでもまさかカツアゲされるとは思わなかったけど」


「そこは悪かったよ。顔だけ見るつもりだったから姉ちゃんを待たせてたし、どうせ今日会ったときに返せるしって、ついな」


「……どちらかというと、お金よりお守りを返して欲しいんだけどね」


 そして手紙も、と内心付け加える。

 あきらかに触れて欲しくないようだったので、わざわざ言いはしなかった。


「お守りは役目を終えたらきちんと処分しないといけないからな。それに、新しいのは今日買えばいいだろ。神社行くんだし」


「まあね」


 神社ではマコト作成のお守りが売ってないが、さすがにそれを言うと気持ち悪いので素直に諦めることにした。


「つうか、現金も持ち歩いた方がいいぜ。スマホ決済って便利だけど、不具合で使えないとかあるだろうしな」


 なるほど、「お守りの中の120円しか持ってない」と言った俺の言葉を、マコトはそう解釈していたのか。

 確かにスマホを買ったという話をした時にマコトがスマホ決済が云々と言っていた気がする。

 だが俺は未だにスマホ決済のやり方を知らない。

 だからあの時はマジでスッカラカンだったのだ……。


「とりあえず今日は現金を持ってきてるからね。その分、本物のカツアゲに気をつけないと」


 雑談しながら、駅の改札に向かう。


 俺の背は伸びたがマコトも同じように伸びたようで、彼の方が5cmほど身長が高いまま。

 そういう意味では会話をしていてもそれほど違和感はない。

 その分やはり気になるのは――。


「……やっぱり、髪がなー。染めてるし髪型もおしゃれに変えてるし。っていうかさ、髪の毛伸ばしすぎじゃない?」


「伸ばしすぎって、お前、このくらい普通だろ」


 確かに「爽やかな短髪」の範囲ではあると思う。

 そもそも俺だって似たような短髪だ。

 ただマコトは小学生時代ボウズ頭にしていたのでその印象が強く、違和感がどうしてもあった。

 それに……。


「茶髪だしなー」


 そのせいかチャラいというか、不良っぽく見える気がする。


「そんなに茶髪が気になるか? まあ、高校デビューってやつだよ。せっかく校則が緩いんだから、堪能しないと」


 俺とマコト、それと優羽さんもだが、同じ私立高校に進学することが決まっていた。


 私立桜が丘高校。


 もともとは女子高でしかもお嬢様学校だったため、お堅い学校だったという話は聞いたことがある。

 ただ現在は少子化の影響もあるのか共学になり、かなり自由な校風になっていた。

 それでもかつての印象は強いようで、世間からは今も金持ちの家庭の子が通う上品な学校と思われているようだ。

 このあたりは校風が緩くなっても、もめ事を起こさなかった先輩たちの功績だろう。

 偏差値はそこそこ程度だが周囲からの印象がいいので、「ねらい目」の高校と言われやすい。



 改札を通り、電車を待つ。


 小学生の頃は特に行先を決めずに会うことも多かったが、今回はさすがに事前に決めた。

 春なので、桜の名所である神社に行くのだ。


「あ、そういえば霧島さんとは会えたか? 『ナオがこっちに着いたぞ、これからタワーに行くらしい』ってヒヤヤッコに教えたんだ。そしたら霧島さんにも伝えるって言ってたからさ。あいつら、中学の間にかなり仲良くなってるぜ」


 霧島というのは優羽さんの苗字で、ヒヤヤッコというのは女友達のあだ名だ。


「ああ、そうだったんだ。優羽さんとはタワー前で会ったよ」


 美人局と勘違いしたとはさすがに言えない。


「そっか。……ヒヤヤッコも会いたがってたけどな。春休みの間は用事が詰まってるらしい」


「まあ、高校で会えるだろうし、しょうがないね」


 ヒヤヤッコも俺たちと同じく桜が丘高校に通うのだ。

 というかマコトたちの志望校がそこだと聞いてから俺も狙ったので、どちらかというと俺が後追いではある。



 電車に30分ほど揺られ、神社の参道入口に到着した。


 梅花神社はかなり大きな神社で、市外どころか県外からも観光客が来るような所だった。

 参道入口から神社までは長い坂になっていて、その両側には土産物屋や茶店があるわけだが……。


「……そりゃ多いよなあ。桜の時期だしな」


 マコトがぼやくのも当然だろう。

 参道の入口から坂を見上げた時点で、既にうんざりするほどの人混みが見えた。

 学生の集団、親子連れ、バスツアーと思われる団体客。

 みんなテンションが高いせいか、大声で会話している。

 すぐ隣にいるマコトの声がなんとか聞こえるくらいの騒音だ。


 普段は混む時期には来ないので、うっかりしていた。

 しかし桜を見ようと思えば春休みと被ってくるのは仕方が無いし……。


「電車が混んでたから、嫌な予感はしたよね」


「まあ店には用がないんだ。さっさと神社に行くか」


 普段なら土産物屋を物色するのだが今回は全てスルーだ。

 この人混みの中そんな根性はないし、桜の時期が終わったらまた来ればいいだろう。


 比較的空いていた参道の中央を、少し早足で進む。


 感慨もないまま梅花神社にたどり着いてしまった。

 そしてやはり神社の中も人が多いようだ。


「お守りを買うのは、次の機会にしようかな……」


 手水舎でお清めをしながら、マコトに伝える。


「どうせまた来るだろうし、それでいいんじゃないか。とりあえず、今回はお参りだけにしとくかね」


 2人で参拝者の列に並ぶ。

 前に20人程いるようだが、参拝スペースが横に広いのでそこまで待つことはないだろう。


「そういや、まだ自分の家には入れてないんだよな?」


 マコトが話を振ってきた。

 家のリフォーム完了が入学式直前になるのはマコトにも伝えていたので、心配してくれているようだ。


「うん、今は優羽さんの家にいるよ」


「……ナオよ、それは秘密にしておけよ。新しいクラスの男子連中にそれを言ったら、あっという間に嫌われると思うぞ」


「そりゃ、言う気はないけど。優羽さんとは親戚みたいなものだし、別に変なことはしてないよ」


 そう言いながらなんとなくキスのことが頭をよぎったが、あれはワルミちゃんとのキスだ。

 優羽さんとしたわけではないし、ウソはついていない。


「まあ、お互いの両親もいるだろうしな。変なことをしてるとは思わんが」


「あ、俺の親はまだこっちに来てないし、優羽さんの親は朝と夜しか家にいないんだ。だから春休みのほとんどの時間は、優羽さんの家で彼女と2人きりで過ごすことになるだろうね」


「……お前、それはあれだな? 俺を嫉妬させるつもりだな。だが残念だったな。俺は霧島さんが苦手だから、嫉妬もそこそこ程度だ」


 そんなことを話していたら、俺たちのお参りの順番がやってきた。


 2拝2拍手1拝に真心を込める。


 お願いは「楽しい高校生活が過ごせますように」だ。

 動作に気をとられ過ぎて肝心のお願いを考えていなかったので2拍手をしながら内心慌てたが、無難でありながらも素敵なお願いができたと思う。


 参拝を済ませた俺たちは、神社の裏手に向かった。


 そちらにも小さな神社がいくつかあって、桜の隠れスポットも存在する……のだが、今日はこちらにまで観光客が来ているようだ。

 どこもかしこも人が多い。


 綺麗な桜とそれに群がる人混みを、マコトと一緒にうつろな目で眺めた。


「……お参りは済んだし、桜も見れたし。帰るか」


「そうだね」


 マコトの提案に頷く。

 お互い面倒くさがりだった。


 ……とはいえ、まだお昼を過ぎたばかり。

 さすがに解散には早い。


「城跡公園に行くか。あっちは、ここほど混んでないだろ」


「って言うと混んでるんだよね」


 そう言うとマコトもへこたれたような顔をしていたが、すぐに眼に力を込めこちらをグッと見てきた。


「……いいや、そんなことはないぞ。今日は久々にナオと遊ぶ、特別な日なんだ。神様だって特別ななにかを用意してくれるはずだ! これからは人混みに巻き込まれることはないぞ! 俺を信じろ!」


 力強く頷くマコトに俺も頷き返す。

 まあ、どう考えても結果は見えているが、ギャグにでもしないとやっていられないのも確かだ。


 ……このあと当然のように混んでいる電車で市内に戻り、恐ろしく混んでいるバスに乗り込んで移動することになった。

 つり革を手にマコトと並んで立ちながら、城跡公園の混み具合に内心期待していると……。


「ん? ヒヤヤッコだ」


 バスの窓から外を眺めていたマコトが呟く。


 ヒヤヤッコ。

 小学生の頃よく遊んだ、女友達のアダ名。


 マコトが見ている建物に見覚えがあった。

 俺でも名前を知っている高級ホテルだ。

 ちょうど信号が赤になったようで、バスが止まる。

 エンジンの振動を感じながらホテルの入口をじっと見つめた。


 そこに立っていたのは、水色の上品なドレスを着た美しい少女。

 ロータリーに停まっている高級車に乗り込んだかと思うと、すぐにその車は発車してしまう。


 ……一瞬の出来事ではあったが、たしかに見覚えがある姿だった。

 ホテルの入口には「なんたら記念パーティ」という立て看板が出ている。

 おそらく親と一緒に参加していたのだろう。


 昔のヒヤヤッコのことをぼんやり思い出していると、いつの間にかバスは動きだしていた。

 目的地のバス停で降りる。


 城跡公園まで徒歩で向かいながら、どうしても話題はヒヤヤッコのことになった。


「なんか、ヒヤヤッコはあんまり変わらないね」


「あー、まあそうかもな」


「昔からお嬢様な感じだったもんね。パーティーに参加してても意外じゃないっていうか」


「……あいつまだ、お嬢様なのを隠そうとしてるからな」


「え!? まだやってたの?」


 ヒヤヤッコはお嬢様なのが恥ずかしいらしく、いつからかガサツなキャラで通していた。

 とはいえ品の良さが隠せていないので、お嬢様でしかなかったが。


「みんな、なんとなくは分かってても、わざわざ聞かねえしな。本人の中ではバレてないつもりらしい。もしかしたら俺たちにも知られてないつもりなのかと怖くなる時がある。確認はしたことが無いが……」


 ヒヤヤッコは人見知りなので、少人数で遊ぶことが多かった。

 基本は俺とマコトとヒヤヤッコの3人だ。

 優羽さんも混ざることはあったがヒヤヤッコが露骨に人見知りを発動して挙動不審になるので、あまり一緒に遊んだ記憶はない。


 ちなみにヒヤヤッコのあだ名は豆腐の冷奴ヒヤヤッコが由来である。

 冷やした豆腐に、ネギだのショウガだのを載せたアレだ。


 よく覚えていないが、小学生の頃誰かが名付けたのだ。

 冷たい奴だからヒヤヤッコだとか誰かが言ったはず……?。

 今にしてみれば突拍子もない悪口だが、不思議と彼女は気に入った……のだったと思う。


 マコトと小学生の頃の思い出話をしながら城門をくぐり、坂を登る。

 最後に階段を上がって城跡の一番上、展望スペースに到着した。

 周囲を見たが人が少ない。

 屋根があるわけでもなく柵で周囲を囲っているだけの無骨な展望スペースだからある意味当然かもしれない。

 けれど俺たちは気に入っていて時間があればマコトとここで雑談をするのがお決まりだった。


 眼下には無数の桜の木。

 そして、たくさんの人。

 桜の周囲は混んでいるので見栄えはあまり良くないが、展望スペースが混んでいるよりよほど良い。

 これならマコトを信じた甲斐があるというものだ。


「入学式かー。まだまだ先とか思ってると、すぐその日が来るんだろうね。同じクラスになれるといいけど」


 俺が最近気にしてるのはそのことばかりで、つい口から不安が漏れてしまった。

 せっかく同じ学校になっても、クラスが違うと接点がほぼ無くなる。

 俺もヒヤヤッコ程ではないが人見知りなので、できればマコトと同じクラスになりたかった。


「どうだろうなー。学年が上がったときのクラス替えは仲の良いやつを一緒にするとか聞くけど、高校1年は完全に運だろうし。確認しようがねえもん」


「……運か。それならきっと平気だね。だって俺たちが久々に同じ学校に通う、特別な時間なんだ。神様だって特別ななにかを用意してくれると思う。これからは3年間同じクラスになるはずさ。マコト、俺のこと信じてくれるよね?」


「やめろ、嫌なフラグをたてるな」


 笑顔で頭を抱えるマコト。

 そんな彼と一緒に、周囲が暗くなるまでのんびりと桜の木を眺めた。

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