5-2


 上陸して、人の間を縫うように歩いた。


 初めて来る観光客なら、迷子になりそうな裏通り。


 細い路地が迷路のように連なる場所。


 ノラ猫1匹歩かない暗い小径で、ロイは立ち止まった。


 ここからだと、空も狭い。


 遠くに街灯があるくらいで、手の平を広げてみても、形はあやふやだ。


 ロイは地べたにしゃがみ込んだ。


 両足をまっすぐと放り出す。


 冷えた石畳が体温を奪う。


 ロイはコートの前ボタンを開けた。


 内ポケットから、ハンカチにつつんでいたものを取り出す。


 暗がりに浮かぶ、光の花。


 薄い花びらのふちが、ほんのりと光を放っている。


 ロイの指が光っているふちを捕らえた。


 そのまま引くと、簡単に離れた。


 なぜ発光するのか、分からない。


 ロイはその花びらの1枚を、裏返したり、息を吹きかけたりして、確認してみた。


 いくら博識だからといっても、科学の力では解明できない。


 この花の構造を、ロイは憎らしく思えた。


 光る箇所を食べなければ、体に害はないという。


 昼間、暗闇にしても光らない。


 夜にならなければ、その本性を表さない。


 月の花。


 ロイは花の香りを嗅いだ。


 月の花。


 闇夜に浮かぶ、月の花。


 ロイは小さく口を開けた。


 花びらを近づけて、手が止まる。


 目の先に、光るラインがはっきり見える。


 ロイはさっと目を伏せた。


 花びらを挟んで、歯と歯が重なる。


 花の香りと同じ、ほんのり甘い味がした。


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