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「あれ、珍しいですね。昨日もいらしてたのに、連日いらっしゃるなんて」
町役場の夜間職員は、昨日と同じ時刻に訪れた、マリに向かって声をかけた。
「ええ。ちょっと相談し忘れたことがあって。難しくて、電話じゃ言えないのよ」
控えめに、マリは笑った。もうおばあさんだしね、と付け加えて。
「そうですか、ちょうど町長もまだ役場に残っておりますし、また応接間のほうでお待ちください」
職員に促がされ、マリは昨日と同じ部屋に入った。
打ち合わせた通り、2人の密会が始まった。
「しかし、これからどうなることでしょう。私も、頂けるものは頂かないと」
マリが囁く。町長も、そっと声のトーンを落として話した。
「ホテルがあることは、この島の宝だ。観光客頼りの、島一番の収入源だからね。潰れることはないだろうが、デラ様の援助なくては、心もとないな」
「おっしゃる通りで。私も、いずれは孫息子のキトに譲る身です。デラ様との繋がりも、あの子に受け継いでもらうのは、少し気が重たいことですが。あなたは、もう打ち明けられたのですか?」
「ああ、先日、言うには言ったが。幻想花のことを話すと、あいつも医者の卵だ。ものすごい批判にあったよ。光る花びらを食べると、どんな後遺症が待ってるか分からない、と。さらに食べ続けると、中毒になり、どんどん花を欲するようになる。まあ、そのため、本土でよく売りさばけるのだがね」
町長は革張りの椅子に深く身を押し付け、さらに声を低くして言った。
「アクアアルタのため、島で花は育たないと、警察は考えているそうだ。デラも悪知恵の働くやつだ。そのアクアアルタのために、我々がどんなに頭を悩ませているか。それを知り、デラは引き換えに金をくれる。あと数十年もしたら、この島は完全に海の中に埋もれる日がくるだろう。それを防ぐために、金がいる」
「防水壁を建てる予算は、あとどのくらいですの?」
マリが小声で尋ねた。
この島の沖、海底に、水の浸入をおさえる壁を、建てるのだ。
それはふだんは目につかない。海の中に沈んでいて、満月と新月の大潮になると、壁が波の高さと一緒に浮上して、島を取り囲み、アクアアルタから守ってくれる、という建築物だ。
町長は憂鬱そうな声を上げた。それに、マリが提案する。
「島民に、寄付を募っては。彼らもこの町の一部でしょう。協力して、町を守りたいと言うはずですわ」
町長は首を縦にしなかった。それには複雑なわけがあった。
アクアアルタも、この町特有の、すなわち観光の目玉となっていたのだ。
町長としては、水の浸入を防ぎたい。
けれども、そのイベントをなくしてしまいたくもない、板ばさみの状態だった。
結局は、島が埋もれる前に、壁を建てる費用を用意しておかなければ、という思いが勝ったが。
「昼過ぎ、メールボーイから手紙がきてね」
町長はズボンのポケットから、しわしわになった封筒を取り出した。
宛先だけ書かれた、普通の封筒だった。マリに手渡す。
「開けても?」
問いかけに、町長は頷いて答えた。
「ああ、ロイからだ。たぶん、幼稚なイタズラだと思うが。そう、たんなる脅しのいっかんだ。本人に会うまで、私は信じないことにしているよ」
マリは封筒を開き、中のものを取り出した。
そこには便箋は1枚もなく、かわりに薄っぺらい、小さな花びらが入っていた。
封筒と同じく、しわの線をたくさんつけて。
「これは……」
見慣れているマリには、すぐに分かった。
このふちどられた、白いライン。夜に光る幻想花だ。
いったいなぜ、どこでロイはこんなものを……。
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