4-3
虹色の、斜めにストライプが入った派手なワゴンで、リカはその日、営業していた。
肌寒いけれど、雲の少ない青空に、ワゴンからつけた風船が揺れている。
丸いの、星型の、種類はさまざまだったけど、どれも同じメッセージが印刷されている。
『Happy Noel!』
リカはニットの帽子をかぶり直した。
ノエル当日も、この場所で販売することになっている。
この帽子じゃ寒いかな……。
ちらり、と後ろの教会を見た。
ミサを終えた人々が、両開きの木のドアから流れ出る。
高く組まれた屋根の下で、備え付けの鐘が、重い音を鳴らした直後だった。
「こんにちは、奥様」
リカは通り過ぎる婦人に声かけを行う。
「いい天気ですね」
会釈を交わして、人々は家路へと帰ってゆく。
ちょうど正午だった。
広場にはまばらに、観光客がいる程度だ。多くの人は、食事時だろう。
リカもひとまず休憩しようと、ワゴンから伸びた風船の紐を、かき集め始めた。
しかし遠くから歩いてくる男の顔を見つけたとたん、リカの手から風船がはなれた。
強い風が吹きつけて、風船が空に上がってゆく。
「あっ……」
一瞬のミスに、リカが声を上げると、近寄ってきた男はそれを声に出して笑った。
「ロイ!」
リカは両手を腰に当てて、言った。
「大学に泊まり込みで勉強してたって、そう言ってくれればいいじゃない。もし本当にそうだったら、ね!」
リカの半信半疑の視線を受けて、ロイは少し俯いた。
「違うのね」
リカがそっと呟くと、ロイは一度、頷いてから言った。
「この前親父に、医者は諦めて次期、町長になれと言われた。もう20年近く務めてきたから、そろそろ跡取りを見つけたいんだろう。その時いろいろ聞いたけど、それがどんなことかは、今は言えない。この町の存続に関わる、大事なことなんだ。俺は受け入れなかった。親子喧嘩で決まりが悪くて、島に帰れなかったんだ」
リカは眩しそうに目を細めた。
ロイの顔の近くに太陽がある。ロイの表情がよく見えない。
「それでも俺はこの島を守りたい。自分が町長にならなくても、島のみんなには幸せでいてもらいたいんだ。俺は親父の目を開かせようと思ってる。直接言うんじゃなくて、ある方法で。効き目があるのを願うけど……」
ロイの手がリカの腕を取り、引き寄せた。
「リカ、何も心配しなくていいよ。だけど俺のことはもう忘れてほしい。今までずっと、ありがとう」
リカにはどういうことか分からなかった。
ただ温かいロイの腕に抱かれて、ふと周りを見ると、言葉の通じない観光客が、リカとロイに拍手を送っていた。
おめでとう、おめでとう、片言の単語が2人を冷やかす。
ロイは後ろに下がりつつリカを放した。そしてそのまま振り返ることなく、来た道を戻ってゆく。
意味の分からないまま、リカはなんだか悲しくなった。
さっきまでロイが立っていた場所に、見たことのあるレースのリボンが落ちていた。
どれくらいそうしていただろう。
突っ立ったままのリカの元に、紺色の制服が走ってきた。
メールボーイのメルだった。息を切らせて、リカに言った。
「リカ、さっき、ロイに会ったよ。親父さんと喧嘩して、帰ってきてなかったんだって。これから町長に会いに行って、ロイのことを聞いてみようか?」
「いいわよ、メル。もう会ったの。町長に聞きに行ってくれなくても、いいわ」
リカはメルに首を振った。けれどもメルは、下げていた鞄の中から手紙を一通取り出して、
「だけど町長宛てに、配達があるんだ。ロイから直接、受け取ったんだ」
と言った。
「見せて!」
あわててリカが取り上げようとしたその手を、メルがぴしゃりとはたいた。
「だめ! 僕を誰だと思ってる、メールボーイのメルだぞ。宛先に届けるのが、僕の仕事だ」
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