4章

4-1


 その日のナヤは朝早くから、リース作りの仕事に追われていた。


 花屋に続く少し奥まった部屋の一角で、椅子に座り、小さなテーブルの上で手を動かす。


 花屋は辛い水仕事だ。


 水を張った足もとのバケツに、たくさんの切り花がひたっている。


 そこから必要な本数を取り、テーブルの上で、細い茎を編んでゆく。


 丸く、丁寧に、形よく。


 ノエルの近づくこの時期に、毎年行うリース作りだ。


 人々はこれをドアに飾ったり、窓に吊り下げたりして、ノエルをお祝いして過ごす。


 小さくて、赤い実のついたリースや、中央に金色のベルを繋げたリース、全体にリボンを巻きつけたリースなど、ナヤのセンスが表われる。


 先ほど兄がやってきて、小さなブーケを作っていた。


 朝、起きたと思ったら、すぐにどこかから花を摘んで戻ってきた兄。


 船の時間からして、本土から仕入れてきたものじゃない。


 ナヤの知る限り、この島にはアクアアルタのせいで、立派に花を開かせるものはないと思っていたけど。


 兄は入手元をナヤにも教えてくれない。乱獲が起こるとまずいから、とか。


 花好きのナヤが見ても、その花がどんな種類の花なのか、よく分からなかった。


 図鑑にも載っていない、それは貴重な花なのだ。


 花びらが隠れるほど、立派に大きくリボンを巻いて。船の時間に合わせて、店を出て行った。


 兄の帰りは昼過ぎくらいになるだろう。


 その時は、本土の市場で買い付けた、たくさんの花を、両手に抱えてくるはずだ。


 この店でたくさんの花に囲まれていることが、ナヤの楽しみのひとつでもあった。


 売上げは、観光客より、地元の人たちのほうが、よく伸びる。


 花瓶に飾って部屋に置いたり、窓際にプランターで設置したり。


 町を歩くと、花に彩られた家をみかける。


 それでも、一番のお得意様は、3日に一度は訪れる、モンフルールのキトだろう。


 ホテルの広いロビーに映える、大きな花を何本も束ねて、店のレジに並ぶのだ。


 バケツの花がなくなったので、ナヤは店舗のほうへ向かった。


 壁一周をぐるりと取り囲んだ、たくさんの花の中から、直感で選び、バケツに補充する。


 その時、一瞬だったが、見覚えのある顔が、窓の外を通り過ぎた。


 ここ最近、姿を見なかったあの人は、そうだ、たしかロイという名前だった。


 医学の勉強をしたいから、と、本土の学校に毎日通う、大学生。


 本土に引っ越すこともなく、真面目に島から通っていた。


 この町の町長のひとり息子だ。


 ナヤはもう一度、奥の間に行き、リース作りを黙々と続けた。


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