2-4
本土に帰ってきたメルは、すぐさまその足で郵便局へ向かった。
上司の局長は、メルの今回の失敗を、言葉で叱責しなかった。
40過ぎで、メルの2倍ほど年上の女性だったが、涼やかな顔でメルを見るとこう言った。
「始末書、書いて」
あとは言われるままにメルは従った。
午後からの仕事は取り上げられ、自宅に帰された。
表には感情を出さなかったが、局長はかなり怒っていたに違いない。
メルが帰り間際に、冷たい態度で言ったのだ。
「明日からはちゃんと、気をつけること。でないときみ、メールボーイの座を取り上げるからね」
凝ったデザイン性も見られない、四角い箱のように見える家々が立ち並ぶ住宅街を、メルは歩いた。
そのうちのひとつ、シンプルなドアノブに手をかけ、開くと、狭い玄関ホールに、なぜか木馬が置かれてあった。
「ふーん」とメルは、分かったような分からないような声を出し、リビングに向かった。
そこにはメルの父がいた。
クレパスを何本も床に散らばせて、立てかけたスケッチブックに殴り書きしている。
ゆっくり近づいたメルにも気づかない様子だった。
よく見てみれば、メリーゴーランドのスケッチだ。
「玄関の」メルが喋ると、父は「うわぁっ」と驚いて、手を止めた。かまわず、メルは父に話した。
「玄関のポニーに色を塗るつもり?」
「はっはっは」白い歯を見せ、父は笑う。
「あれはガレージから引っ張り出してきた。ベイビー・メルのお気に入りだったじゃないか」
「そうだっけ……?」
メルの父はデザイナーだった。
このたび舞い込んだ仕事は、どうやら遊園地の花形、メリーゴーランドの馬をデザインするという、ちょっとマニアックな内容らしい。
馬か、そういえば家にも……と、父は木馬を参照に出したそうだ。
「これは移動式遊園地用の、小さなメリーゴーランドだ。どの地方を回るかは、まだ聞いてないんだが、どうも時間がないらしい。電飾技師の方と話したのだが、夜も目立たせるために、馬の目にランプを入れるの、どうだろうね?」
父の提案に、メルは頷かずに小声で言った。「それは子供が泣いちゃうよ」
「まあ、メルなの?」
キッチンのほうから声がして、メルの母が姿を見せた。
「昨日の晩はどこにいたの。夜出歩くのは感心しないわね」
「アクアアルタがあって……」
メルは言いかけたが、面倒になって、首を横に振った。
「もう、いいや」
「いいやじゃないでしょ」
母は大げさに心配している。
「テレビのニュースで言ってたわ。夜の道をフラフラしてると、変な人に怪しい花を売りつけられるの。マフィアのような連中よ。捕まった組織のひとりが、インタビューで言ってたわ」
たしかに、この都会の治安は良くない。
そのため、夜歩くのはボーイスカウトくらいだろう。
だけど花を売りつける、というのは初めて聞いた。新手の詐欺だろうか。
「その花っていうのは、どんな花なの?」
メルの問いに、父が答えた。
「夜光るらしい。だから夜に売られるんだが、その発光している花びらを食べると、幻覚症状を見るらしい。分からんが、捕まったひとりが言っていたのは、ライン……そう、ラインが目に映るそうだ」
本当に、よく分からない世界だな。メルは思った。
犯罪を取り締まる警察官と同じ、国家公務員のメルとしては、そんな組織を野放しにしているのは、痛ましい、許せないことだな、と、そう強く思った。
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