3章

3-1


 モンフルールの広いロビーで、キトはひとり待っていた。


 深夜12時で誰もいない。


 古めかしい柱時計の音だけが、耳に、心に響いてる。


 最終チェックインの時刻も締め切られ、もう観光客は入ってこられない。


 泊まりの客は寝ているだろう。昼間歩いた町を、夢に見ながら。


 キトはどうしても眠れなかった。


 分厚いガウンの前を合わせて、壁際の長いソファに座ったり、立ったり、位置をかえて座ったり……を繰り返していた。


 いつもならそばにいるはずのラジが、そばにいないということが、キトには空虚なほどに思えた。


 大きな男に付きまとわれるのに慣れていたほうが、おかしかったのにな……。


 キトは静かに目を閉じた。


 数時間前、ラウンジでラジと話したことを振り返ってみる。


 ラジはあまり自分から話したがるほうじゃないのに、その時、キトに聞いてきた。


「お坊ちゃんは、このホテルを継ぎたいと、もうお祖母様には言ったのですか?」


 ホテルの総取締りは、キトの祖母の、マリだった。


 マリの娘は、キトを残して、キトの知らない男と2人、どこかへ行ってしまっていた。


 キトはマリに育てられ、ホテルを手伝い、そのかたわらで、地元の小学校にも通い、家業と勉強を両立していた。


 ラウンジで、キトは話した。


 小学校はあっても、島には中学校がない。


 船で毎日本土に通うよりも、僕はお祖母様の力になりたい。


 自分を育ててくれたこのホテルを、僕は守っていきたいんだ。


 ラジは自分の眼鏡を外し、少し遠くを見つめるような目をして、「ご立派ですね」と囁いた。


「いずれモンフルールはキト様のものになるでしょう。あなたはホテルを離れない。しかし週末になると決まって同じ時間、深夜にどこかしら出向いてゆくマリお祖母様の、その行動をも、引き継ぐことにするのですか」


 キトが就寝のため、ホテルの一角にある自室に入っているあいだ、ラジには自由行動が与えられていた。


 キトは、その時間帯にラジも眠りについていると思っていた。


 けれども、もう何週間も、ラジはマリを見張っていたのだ。


 身内の不審な行動を、自分よりも、赤の他人が知っていた。


 キトはラジに指令を出した。


「週末出て行くのなら、今日だ。つけて、教えてくれ。僕には知る権利がある」


 柱時計が1時の鐘を打ち鳴らした。


 大きな入口ドアがあき、外の冷気と一緒に、ひとりの男が入ってきた。


 夜の闇に紛れるような、黒いスーツを着た男。


 細いけれど、しっかりとした、長身の男。


 ラジだった。


 ロビーに灯るランプの光を、眼鏡のふちに滑らせる。


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