2-3


 ノエル(降誕祭)が近づく季節になると、圧倒的にガラス製品が増える。


 陳列棚にもこれでもか、というくらい、積み重ねた色とりどりのオーナメント。


 お互い触れるとカチャカチャ鳴って、割れやしないかとヒヤヒヤしてしまう。


 でも、店舗が狭いので、個別に飾る場所もないのだ。


 本当は2階のほうにも並べたいけど、2階は住居で、1階よりもさらに狭いし……。


 リカは、紙の箱から取り出した、50センチほどのツリーを眺めた。


 もみの木そっくりに作られた、ナイロン製の葉が伸びている。


 両手に抱えて、表通りに張り出したショーウィンドーの中に置く。


 見本として、いくつかのオーナメント、丸いのや、尖ったのや、星型の、を、金色のリボンで吊り下げる。


 その上から、ふわふわしたやわらかで長いモールを巻きつけようとしていたら、窓の向こうに見慣れた姿が映り込んだ。


 優しい目が笑いかける。


 リカはすぐにドアに向かった。ドアを引き開けると、すぐ目の前に立っていた。


「おはよう、メル」


「おはよう。アクアアルタはどうだった?」


 聞かれて、リカは肩をすくめて見せた。


 築100年は経っているであろう、店構え。


 水が入ってこないよう、入り口を木の板でガードしたけれど、またいつものように、陳列棚の下2段目まで浸水してしまう。


 ここ最近は、ストーブを焚いていても、歪んだ建物は隙間風が冷たい。


 うかない顔のリカを見て、メルは仕方なそうに笑い、「手伝うよ」と言ってくれた。


「そういえば、ロイをどこかで見なかった?」


 リカは聞いた。


 ロイというのは、この町の町長のひとり息子で、リカやメルとも幼なじみ。


 本土の同じ小学校にも通った仲だ。


「さぁ、最近、見かけないな」


「こんな日はよく、手伝いに来てくれてたのに……」


 リカはレジカウンターの奥に行き、壁に貼り付けてあるカレンダーを見た。


 たしか前回の満月の日には、来てくれた。一緒に荷物を棚上げしてくれた。


 でも、それから一度も見ていないような……。


「おかしいなぁ。島に毎日来ているメルも、ロイを見かけないなんて……」


「本土に行っているのかもしれないな。ロイは勉強に熱心だから」


 メルの言う通り、ロイは昔から博識だった。将来は医者になりたいと言っていたほどだから。


 でも、とリカは思う。


 何も言わずに行っちゃうなんて……。


「町長さんも、何も言ってなかったよ。今度、聞いてみようか」


「お願い」


 リカはメルに頷いた。




 メルが来て10分もしないうちに、最初のお客がやってきた。


 海沿いに店を構える、フラワーショップ・ナヤの店員、ナヤさんだった。


 このナヤという店名は、彼女のお父さんが、彼女が生まれる前から、気に入って付けた名前だったが、お父さんは病気で倒れ、かわりに、ナヤが店に立っている。


 文字通り、ナヤのナヤが来たわけだ。


「いらっしゃい、ナヤさん。そうだ、ナヤさんのお店、アクアアルタは大丈夫でした?」


 リカがカウンターから出てきて言った。


「うちは被害はなかったわ。ちょっとだけ浸入したみたいだけれど、兄が水はけをやってくれたし」


 ナヤは何も心配なさそうだった。


 ナヤの兄は、本土から自分の店に、生花を仕入れる仕事をしている。


 メルも時おり、フェリーの中で姿を見たことがあると言っていた。


 落ち着いた、30歳くらいのおとなしい人だ。


「今日はブーケ用のリボンを買いに来たんだけれど、いつもの、レースの柄、あるかしら?」


「はい、ただいま」


 元気に応えたリカは、ふとメルと目を合わせた。


 メルは控えめに微笑むと、ドアのほうへ歩いて行った。


 心の中で、またね、と呟き、リカはリボンを探しにかかった。


 あっ、そうだ。レースのたぐいは、まだ2階だ。


 もー、店長ったら、私だけに仕事押し付けて、いつまで下りてこない気かしら。


 ふくれっつらをしたリカの目の先に、不意にショーウィンドーのツリーが映った。


 形よく、ゆるやかに、長いモールが巻かれていた。


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