第44話 お土産のハンカチ

 適当にそこをふらついてお土産物店などを眺めていたら、急に後ろの方がざわつき始めた。

 ある程度の予想は付くけど、振り返って何事かと確認して、そして息を呑んだ。

 白と水色の羽織という落ち着いた色合いの浴衣姿になった涼華の美貌はより一層輝いている。

 艶やかさを感じる姿となった状態で、どことなく上機嫌な様子で下駄を鳴らし近付いてくる。


「ね、これどう?」

「……」

「結翔?」

「あ、わりぃ。すげぇ似合ってるよ」

「そ。ありがと」


 素直に褒めてやると、くすっと綺麗な笑顔を見せてくれた。

 その場でひらりと一回転を疲労する。


「温泉地で浴衣、いいわね。気分が上がる」

「俺も着替えたらよかったかな?」

「明日からでいいんじゃない? まだまだ旅行はこれからなんだし」


 涼華の言うとおり、旅行は今日だけじゃないのだ。

 浴衣で巡るというのはまた明日以降の楽しみにとっておいて、今は二人でめいっぱい楽しもうと思う。

 少しずつ陽が傾き始めた温泉街はさらに幻想的な雰囲気となり、アニメ映画に出てきてもおかしくないような風景へと変身する最中にある。

 これが夜になれば、見たこともないような美しい風景になるんだろうなと今から期待しつつ、ふと涼華に腕を引かれる。

 涼華が足を運んだのは近隣のお土産物屋さんだった。


「今からもうお土産買うのか? 荷物にならないか?」

「旅館は広いし、端の方にでも置いておけば問題ないでしょ。あんたにも買ってあげるから」

「いやいいよ。俺が買ってやるって」


 そう言ってどんなものが売っているか確認する。

 並んでいたのはとても綺麗なガラス細工。

 色鮮やかな透明感と繊細な彫刻が特徴的。部屋に置いていればそれだけで高級感が出てくる。

 まぁ、そんなものはしっかりとした値段が付いてて、部屋に置けるようなものはさすがに手を出すのを躊躇うレベルだった。


「これ買うの最終日にしないか?」

「ガラス細工? 確かに綺麗で欲しいけど、私はいいかな。気になってるのはこっち」


 涼華が見ていたのはガラス細工の隣にある刺繍入りのハンカチだった。

 小さく温泉マークが入っていて、なんかめちゃくちゃ気持ちよさそうにお湯に浸かる女の子のイラストが刺繍されているやつもあり俺も欲しくなってきた。

 気軽に手に取れるお値段で、敷居も低い。


「うっし俺も買うかな。涼華はどれがいいんだ?」

「え、マジで買ってくれるの?」

「まぁ、ここに来れたのは涼華のおかげみたいなもんだしな」

「ありがと! じゃあ、これ!」


 涼華が選んだ柄は、二つ並んだ温泉饅頭。

 絶妙にデザインが良いものを選ぶ辺り、やっぱりまだまだ涼華には敵わない。

 俺は無難に温泉マークのハンカチを持ってレジへと持っていく。


「あ、待った! ついでにこれもいい?」

「ん? いいぞー」


 ろくに確認もせずに返事すると、ハンカチの上に美容液マスクが置かれる。


「美容液マスク?」

「うん。温泉のって効果ありそうじゃない?」

「まぁ確かに。温泉饅頭に本物の温泉使ってるここならこれもしっかり効果があるだろうな」


 そんな風に言っていたら、涼華が何やらにやついていた。


「あんただって鼻が高いでしょ? 一日二日で効果は出ないでしょうけど、肌が綺麗で可愛い女の子を隣に歩かせていたら」

「それだけ聞くと嫌な奴じゃねぇか。市販のものでも涼華の肌は綺麗だから、もう慣れたわ」

「ごめん、そうストレートに返されるとさすがに少し照れる」


 自分からからかってきておいてなんと脆弱な。

 とりあえずお会計を済ませ、美容マスクと涼華のハンカチをポーチの中へと入れてやる。


「さて、と。どうするよ? 次どこ行く?」

「このままぶらつくのもいいけど、戻るっていうのはどう? 夕焼けの温泉も中々乙なものよ」


 分かる。超分かる。

 淡路島の温泉のCMで、夕焼けを前にした温泉がとても綺麗だったことを覚えている。

 夜景を眺めながら浸かるのも素晴らしいが、夕焼けというわずかな時間に堪能できる絶景もあるというものだ。

 その案に賛同し、旅館に向けて引き返していく。

 が、半分ほどまで引き返したところで、俺はある重大なことに気づいてしまった。


「なぁ。大浴場って夜からの利用じゃなかったか?」

「部屋の浴室は使えるわ。そこで楽しむのよ」

「そういうこと。よっしゃジャンケンしようぜ! 勝った方が先な!」


 順番合戦のためのジャンケンを申し込む。

 夕焼けを堪能しようと思えば、なんとしても先に入らなくてはならない。先に入った方がゆっくりしすぎて後からの方が夜空、なんて悲しい事態にもなりかねないからだ。

 必勝法として小学生がよくやるような、手を重ねて未来を見通すようなポーズをしていると、涼華がふふっと笑いながら腰に手を当てた。


「何言ってるの? 一緒に入れば解決でしょ?」

「……へ?」

「広いし、二人一緒でも充分スペースに余裕はあるわよ。どうせなら夕焼け風呂、一緒に楽しみましょう?」


 わーおまじですか。

 涼華と一緒にお風呂に入ったことを知られたら、世界中の男子から刃物を向けられるんだろうなぁ。

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