第45話 お湯で語る

 旅館に戻り、先に服を脱いで浴槽に浸かる。

 見える夕焼けはとても綺麗で、お湯もとても心心地いいものだったけど、それが気にならなくなるくらい緊張していた。

 涼華と一緒にお風呂など初めてのこと。いや、二回目以降ならそれはそれで問題ありそうだけど、とにかく長い付き合いとはいえ裸の付き合いはこれが初めてだった。

 足を伸ばしてリラックス感を出すけど、心臓は緊張でバクバク鳴りっぱなしで――、


「入るよー」


 涼華の声が聞こえた。

 おう、と軽く返事を返して、そして期待混じりに浴室の扉を見ると、涼華の裸体が見えるよりも先に視界いっぱいが布で埋め尽くされた。


「やっぱりか。それ穿きなさいバカ」


 投げつけられたものを見ると、それは湯浴み着だった。

 涼華にも視線を移すと、しっかりと落ち着いた色合いのワンピースタイプの湯浴み着を身に纏っていた。


「あんた、今がっかりしたとか思ったでしょ」

「……正解」

「だろうと思った。付き合ってるわけでもないのに裸なんて見せるわけないじゃない。ばーかっ」


 最後はどこか楽しそうに言ってくる。

 別れた後でも瀬利奈と一緒にお風呂に入ったときは裸だったけど、なんて口から飛び出しかけたが、それを言えば間違いなくトラブルを引き起こすだろうからお口にチャック。

 桶で前を隠しつつ、渡された湯浴み着を着用する。

 もう一度浴槽に浸かって夕日を眺める。

 後ろでは涼華が一旦湯浴み着を脱いで体を洗っているけど、覗き見なんてしたら顔のど真ん中に強烈な拳が飛んでくるだろうから視線は前に固定する。まだ命が惜しい。

 しばらくして涼華も浴槽に浸かってくる。


「ふぅ~、ごくらくごくらく」

「年を感じるなそれ」

「あんたもそういう顔してたわよ。気持ちいいものはしょうがないじゃない」


 違いない、と二人で笑う。

 肩が触れ合い、ゆったりとした時間が流れて安らぎの時が訪れた。

 お湯が流れる耳にとっても幸せな時間が俺と涼華の二人を包み込む。


「改めてさ。予定、空けてくれてありがと」


 ふとそんなことを涼華が口にした。


「んー?」

「この温泉旅行ね、私、結翔と来ることができて本当によかったと思ってる」

「そんなこと。お礼を言うなら俺の方じゃん。涼華が割引券を持ってなかったら来れなかったんだし、こちらこそありがとな」

「いいのよ。あれをもらった時から結翔と行きたいと思っていたから」


 そんな台詞に胸がドキッとした。

 全身に染み渡るお湯の熱か、それとも感情から来る熱か、頬が朱に染まり体が熱く感じる。

 なんだか急に気恥ずかしくなってきて、お湯から上がり立つと、少しヒンヤリとした空気が体に集まってきた。


「そろそろ俺、出るよ」

「そう? ゆっくり浸かれば良いのに」

「夕日もずいぶんと堪能できたし、何より本番は夜景を見ながらの温泉だから」

「そっか。私はもう少ししたら出るね」


 涼華を残して先にお風呂から出た。

 脱衣所で体を拭き、着替えを手に取ろうとすると、俺が使っている隣の籠に涼華が脱いだ衣服が収納されているのが見える。


「……ったく、あいつは」


 一番上に隠そうともしない下着が畳んで置かれている。

 相手が俺だから気を許してこういう風に自然体を見せてくれているのだとは思うけど、健全な男子相手にこれはどうしたものか。

 気にしなければいいやの精神で浴衣に着替え、時計を見てもうすぐ夕食を用意してくれる時間だと確認する。

 どうせなら卓球で少し動いてお腹を空かせようかと思ったけど、多分涼華が出る頃には美味しいご飯があるだろうし、もし卓球をするならその後でいい。

 そう考え、まぁひとまずソシャゲで時間を潰すことにした。

 歩きながら実際の町にゲームキャラのモンスターが現れてそれを捕まえるというゲームなのだが、ちょうどこの旅館もアイテムがもらえるスポットに登録されていた。

 ボスキャラを仲間にできるレイドチャンスというイベントの会場にもなっていて、ちょうど今シーズンのボスが出現中だったからプレイする。

 有利なキャラを出して適当に殴っておけば勝手に勝てる。旅館の宿泊者かそれとも遠方から課金アイテムを使って参加してくれた人かは分からないけど、共闘するプレイヤーのキャラが強くてそれほど苦戦しなかった。

 ボスを倒し、捕獲のボールを投げて捕まえることに成功した時、涼華がお風呂から出てきた。


「お待たせ~。って、あっ、それ今出てたの?」

「ん? そうだが」

「いいなぁ。後で私にちょうだいよ」


 俺としてはこいつ二体目だし、全然構わない。

 交換の約束をすると、部屋の扉が叩かれた。女将さんの声が聞こえる。


「お食事の準備ができましたが、お持ちしてよろしいでしょうか?」


 はいきた待ってました!

 すぐにお願いしますと伝えて、机を用意して食事を待つ。

 その間、俺も涼華も分かりやすくお腹が鳴っていて、それがまた面白くて顔を見合わせて噴き出した。

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