第42話 高級旅館
「すげぇ……」
旅館に入った俺の第一声がこれだった。
何人もの仲居さんがわざわざ出迎えてくれるなんてもうドラマとかアニメでしか見ない。
接客もすごいんだけど、内観も現実離れした世界だった。
ホテルとかと違って、上ではなく下方向に建物が作られている構造。
その見た目はまるで最近流行りの某漫画に出てくる最後の敵の居城そのもの。
和風空間がどこまでも広がっていて、軽食のお食事処やお土産物屋さん、日本庭園や茶道が体験できる場所まであった。池には鯉も泳いでるし。
それで、窓の外はすごい湯気が立ち上っている。
広い温泉の源泉横に作られているから、眺めも絶景で申し分なかった。
まだお昼前と早い時間だけど、もうチェックインをしてくれると言うのでお言葉に甘えてチェックインを終わらせる。
部屋の鍵を受け取り、荷物を運んでくれると言うから荷物を預けて俺たちは一足先に部屋へと向かわせてもらった。
部屋の扉を開け、室内に入るとこれまたすごい光景が広がっている。
「広いなおい!」
「最早家よねこれは。ほんとすごい」
旅館というからには少し広めの部屋を想定していたけど、規模が違った。
まず、宿泊施設というのは大半が一部屋二部屋、多くてもう少しあるかなくらいだと思う。
けど、ここの旅館は客室で既に二階を使っている豪華仕様だ。上の階が部屋でご飯を食べるとき用と眠る時用で、下の階が温泉とちょっとした娯楽用品が置かれている。
共用のめちゃくちゃ広い温泉もあるにはあるのだが、個人個人の部屋にも広めの浴槽と温泉が用意されているとかマジですごいなここ。最高評価しか押されない理由が分かるかもしれない。
それに、共用の娯楽室にある卓球台が部屋にも一台完備とかおかしい。
一人暮らしの一般的な家よりもよほど快適に過ごせそうだった。
「浴槽も見てみる?」
「お、いいね」
小さな鞄はそこらに置いて、階段を降りて下の階に移動する。
脱衣所を抜けて浴室に足を踏み入れると、檜造の高級浴槽に張られた温かな温泉が出迎えてくれた。
「一人で入るには大きいけれど、憧れるわよねこういうの」
「まあな。温泉に一人ってのも珍しいし、それにこの部屋がダブルだから特別な作りなのかも」
「ほんとよね。あぁー、こんな広いお風呂のど真ん中で仰向けになって浮かびたい」
仰向けになって浮かんでいる涼華の姿を想像する。
湯気の向こう側で、極楽気分となり微笑んでいる涼華は――、
「ねぇ、今いやらしいこと考えてるでしょ?」
「まさか。背泳ぎでも始めそうだなって考えてた」
「失礼な! あんたじゃないんだからお風呂で泳いだりしないわよ!」
「俺もお風呂で泳がないが!?」
一度、涼華の中の松原結翔像についてしっかりと話し合わなくてはいけないかもしれない。
抗議の視線を送ってやると、涼華はクスッと笑った。
「でも、泳げるなら泳ぎたいわよね」
「それは同感だよ」
小さい頃に銭湯で無邪気に泳いでいた童心を思い出す。
夜中、涼華が寝ているときなら一人こっそりと泳いでみようかな?
「さて、と。そろそろ仲居さんたちが部屋に荷物を入れてくれた頃だろうし、上に戻りますか」
「だな」
「その後、さっきのお食事処でちょっとしたもの食べない? お饅頭とソフトクリームじゃお昼ご飯には寂しいでしょ」
「それも同意。うっし行くか」
浴室を後にして上の階に戻る。
すると、ちょうど仲居さんたちが鞄を部屋に入れてくれている最中だった。
お礼を伝え、部屋の隅に鞄を移動させて二人でお食事処に移動した。
お昼ご飯ということであまり甘くないものを期待して、入り口前のメニューを確認したところ、ピッタリのものがあって思わず俺も涼華も手を握り合って興奮してしまう。
「この赤飯点心って美味そうじゃないか!?」
「お赤飯に汁物と蒲鉾、それにデザートとして上生菓子も付いて八百円はお得すぎるでしょ!」
店の中はほどよく空いていたから、もう即決で席について赤飯点心を注文した。
そして、しばらくして運ばれてきた赤飯点心に、俺も涼華も目を輝かせる。
「出汁の香りが最高……期待しかないないじゃないのこのお汁」
「赤飯が輝いてる……! いただきます!」
小皿の塩を振りかけ、赤飯を口へと運んだ。
上質な小豆ともっちりふっくらと丁寧に炊き上げられたもち米が絶妙にマッチして、振りかけた塩が両者を完全に一体化させた赤飯に仕上げている。
汁物は出汁が美味しすぎて、これを飲んだら普通のお汁なんてお湯にしか思えなくなるほどに完成度が高かった。
蒲鉾も、淡泊な中にしっかりと魚介の旨味が詰め込まれていて、スーパーの蒲鉾ではもう満足できない。
「ヤバッ! レシピ欲しい!」
「さすが高級旅館……何もかもが別次元……」
「お食事処がこんなにすごいなら、夕食とかどんなのが出てくるんだろう……!」
「大丈夫か? 俺たち、ここで昇天したりしないか?」
最高に幸せな命の危険の予感がした。
体の芯を温めてくれるお汁を啜り、また赤飯を一口食べる。
極楽気分に包まれて、改めてここに来ることができてよかったと心から思った。
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