第41話 温泉地でスイーツを

 温泉地というのは温泉だけではない。

 意外、でもないかもしれないけどグルメなんかも充実していて、それも俺たちの心を楽しませてくれるものだ。

 どうしてこんな話題をしているかというと、旅館に向かう途中に美味しそうなスイーツを見つけてしまったからに他ならない。


「おい涼華! これ見てみ!」

「なに? ……ソフトクリーム温泉饅頭味?」

「面白くね?」

「確かに面白いかも!」


 温泉饅頭。それは、温泉の蒸気と成分でふっくらとした生地に仕上げたお饅頭のこと。

 この温泉地では真の意味での温泉饅頭が楽しめるんだけど、多くの温泉地では成分が微妙に足りなかったりして、普通の饅頭を温泉饅頭として売っていることもしばしば。

 ただ、ソフトクリームの温泉饅頭味ならつまりは饅頭味のソフトクリーム。

 饅頭味のソフトクリームってだけでも珍しくて面白く、そして気になるのにわざわざ頭に温泉を付けられるとこれはもう買うしかなくなる。

 ソフトクリームを二人分、そしてついでに本物の温泉饅頭も一個ずつ買って近くのベンチに移動する。

 足湯に浸かりながら座ることができる場所だったから、靴と靴下を脱いであったかいお湯にゆっくりと足を入れた。


「はぁ~。気持ちいい~」


 横から蕩けるような涼華の声がする。

 チラリと見ると、色白な足が真っ直ぐ伸ばされてお湯が滴り落ちていた。

 滑らかできめ細かい美しい肌に絡みつくお湯というのはどこか妖艶で、水泳がなかった高校時代、タイツで隠されたその肌を男共が一度はじっくり拝みたいと教室の端で血涙と共に語られていた伝説が惜しげもなく晒されて――、


「視線に邪なものを感じる」

「それは気のせいだ。ほんの少ししか邪気はない」

「ちょっとはあるんかい!」

「自分には正直でいないとな。けど、高校時代のクラスの連中と比べたらマシだろ?」

「まぁね。あんたくらいだもん。そういう気持ちで私に近付いてこなかったのは」


 ふっと笑い合って先に饅頭を口へと運ぶ。

 そこはソフトクリームからでもよかったんだけど、足湯で温泉饅頭というのも乙な楽しみ方だと思ってこちらを優先した。


「んっ! ふっくらしてて美味しい!」

「餡も甘すぎないほどよい砂糖加減で美味ぇ! やっぱこしあんだわ!」

「それはちょっと聞き捨てならないわね。餡は粒あんがよくない?」

「お? 戦争か?」


 涼華とこしあん粒あん論争が巻き起こりそうになるが、開戦の火蓋が切られる前にこの饅頭の前にはどちらも美味しいんだということで決着が付いた。

 しかしこの温泉饅頭は本当に美味しい。

 記事がふかふかもっちもちで、しつこくない餡の甘味。食べ応えは充分でも食後にペロリといけそうな軽さ。

 今まで食べた饅頭の中で一二を争うものだった。


「これはソフトクリームも期待できそう」

「だよな。って、涼華それちょっと違うもの?」

「うん。バニラとミックスにしてみた」


 白と薄茶色の混じるその色合いは確かにミックスだ。

 俺は温泉饅頭味オンリーにしたから、少し気になるかもしれない。


「んん~! 甘い! 本当に饅頭の味がする!」

「マジかよ」


 俺も一口食べてみると、ミルクの風味が一瞬した後に強い饅頭の味がガツンと広がって思わず笑ってしまった。

 再現度が高い。ガチの饅頭で草が生える。

 抹茶とか金時とか、そういうのは多く見てきたけど饅頭をここまで再現できるものなのかと驚きもした。


「ねぇ、結翔のも一口ちょうだいよ」

「自分のがあるだろ?」

「そうなんだけど、バニラ抜きの饅頭オンリーも試したいの」


 そう言うやいなや、許可を待たずに横から俺のソフトクリームに涼華が口を付けてくる。

 スプーンを使えば良いものをわざわざ直で口を付ける辺り、涼華が完全な自然体でいることの証明になっていた。

 とはいえ、俺も健全な男子大学生。間接キスはさすがに少し意識してしまう。

 まぁ、当の涼華にそんな気持ちは微塵もないだろうし、友達感のノリでシンプルにいったのだろうけど。


「頬が赤くなってるけど、まさか足湯程度でのぼせた? それとも、唇を意識しちゃってるのかなぁ~?」

「ううううっせ!」

「あっははは! 童貞じゃん!」

「童貞じゃないわ! それを言うなら涼華こそ!」

「私は確かにまだだけど、あんたは心が童貞なのよ」

「せめてウブと言ってくれ」


 細かな言葉の違いは印象を大きく変えるものだ。

 クスリと笑った涼華が、艶めかしく指で自分の唇を撫でる。


「本物、試す?」

「……は?」

「ほら、目、閉じなさいよ」


 ゆっくりと涼華の顔が近付いてきて、期待に負けた俺はゆっくりと目を閉じた。

 涼華の息づかいが間近で感じられ、唇に湿ったものが押し当てられて――、


「……冷たい」


 目を開けると、ミックスソフトクリームが口に押し当てられている。


「ちょ、待って、お腹痛い! いい反応してくれるわほんとダメあはははははは!」

「お前……覚えておけよ……!」

「こんな所でキスとかするはずないじゃん! 期待してるし面白い!」

「男子の純情を弄ぶのは大罪だからな!?」

「悪かったわよ。いつか埋め合わせするから許してね」


 てへっと小さく舌を出して、謝っているのかそうでないのか分からない態度を取ってくる。

 しかし、涼華と間接キスというのは男子だと俺だけの特権ではなかろうか。そこら辺もガードが硬いと噂に聞いたことがあるし。

 今はこれでいいか、と思いながらさらに一口ソフトクリームを食べた。


「あぁー! たくさんもっていった!」

「罰だ罰。文句言うな」

「雪見アイスを半分持っていく並の大罪だからねその量は!」


 涼華への罰は、これくらいで許してやるとするか。

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