第39話 旅行に出発

 夜遅くまでゲームを触り、さすがに外国の人ともマッチングしなくなったところでゲームの電源を落とす。

 スナック菓子とジュースをお供に遊んでいたものだから、このまま寝ると虫歯とかが気になった。

 さっと歯磨きを終わらせ、気持ちよく眠ろうと思いベッドに潜り込む。

 ブルーライトを浴び続けたとはいえ、さすがにこんな朝方まで起きていると眠くて仕方がない。

 布団を被り、ゆっくりと目を閉じて眠りにつこうとすると、玄関の方からガチャガチャと妙な音が聞こえてくる。

 泥棒かと思って身構えていると、いきなり鍵が開く音が聞こえた。

 もうさすがにこれはビックリしたから、警察に通報できるようにスマホを持って護身用になるか分からないけど殺虫剤のスプレーを手に寝室のドアの近くで待機する。

 部屋に入ってきた人物は何か重いものを引いているのか……この音はキャリーバッグか?


「ったく。あいつ、寝てるのかしら?」


 ぼそぼそとそんな声が聞こえて、誰が来たのか分かって安心した。

 スマホと殺虫剤をおいて扉を開ける。


「おい涼華」

「うわっ! ビックリした」

「それはこっちの台詞だ! 来るなら連絡しろって言ってるじゃんか。それに、こんな時間に何の用だよ。朝の五時だぞ?」

「酷い言い草! せっかく起こしに来てあげたのに」

「……へ?」

「まさか、忘れてるの? 旅行の出発、今日なんだけど?」


 血の気が引くというのはまさにこういうことなんだろうなと思った。

 ゆっくりとスマホの画面に目を向けると、確かに旅行の出発日時が表示されている。


「……あっぶねぇ」

「あぶねぇじゃないわよ。これで準備がまだだったら置いていくから」

「準備は出来てるんだよ。明日出発と勘違いしていた」


 正確には、出発日は覚えていたけど一日前と勘違いしていたってところだな。そうでなきゃこんな時間までゲームしない。

 それでも訝しげな目を向けてくるから、ベッド横に置いていたキャリーバッグを持ってきて準備は出来ていると必死に説明する。

 と、熱意が通じたのか、肩をすくめた涼華が無言で出てくるように促して部屋を出ていった。

 素早く着替え、キャリーバッグを引いて家を出る。

 しっかりと施錠し、準備万端だ。


「ほら、早く行かないと始発電車間に合わないわよ」

「そう急がなくても。始発逃したって次はすぐに来るだろ」

「気持ちの問題よ」


 そんな終電じゃあるまいし。

 とまぁ、なんだかんだ言っても涼華の時間感覚は完璧で、駅に着く頃にはしっかり始発電車まで余裕があった。

 この時間はどんな時も寝ていたから知らなかったけど、結構朝一番から乗る人多いんだなと周囲を見ていると思う。

 ホームに電車が入ってきた。

 通勤ラッシュ時ほどではないけど人がたくさん乗り込む。座席が埋まるくらいには多い。

 高速バスが停まるターミナルがある駅まで数分間電車に揺られる。

 と、涼華が鞄を漁ってラップに包まれたものを渡してきた。

 受け取って確認すると、それはおにぎり。


「何これ?」

「どうせギリギリまで寝てるだろうと思って朝ごはんに作ったのよ。いらないなら返して」

「欲しいです!」


 ありがたくおにぎりを頬張る。

 手作りおにぎりとか高校時代に食堂のおばちゃんに握ってもらって以来だ。

 しかも、今回作ってくれたのは涼華ということで謎の優越感も生まれてくる。

 と、それとは別にマジで美味しい。塩加減も素晴らしいし、鮭フレークが具材として入っているから味に深みがある。

 当たり前だけどコンビニなんて足元にも及ばない。


「うめぇ! ごちそうさま!」

「お粗末様。なんか、気持ちよく食べてもらえるとこっちも嬉しいわね」

「バイトする? 週何回か俺の家にご飯作りに来るの」

「お断りね。自炊しなさい」


 そんな風に言い合って笑い合う。

 まぁ、俺としては本当にしてほしかったりするんだけど。

 ゴミを丸めてポケットに入れると、もうすぐ目的の駅に着くという案内が出た。

 電車はホームに入り、二人で降りて改札を出ていく。

 バス乗り場は駅と直結しているから、改札出てすぐのエスカレーターに乗れば到着する。地元だとほんの少し離れているから、こういうところ便利で好きだ。

 バスが来るまでの少しの時間、待合室で座って雑談を交わす。

 五分くらいしたらすぐにバスは来た。

 係の人にチケットを見せ、荷物を下に入れてもらって席に座る。

 高速バスって普通のバスと比べて座席がふかふかだから気持ちが良い。寝不足も相まって眠くなってくる。


「おっきい欠伸。眠いんでしょ?」

「寝てないから」

「仕方ないわね。ほら、肩貸してあげる」


 涼華がそう言ってくれたから、遠慮なくお言葉に甘えよう。

 もたれるようにして目を閉じると、すぐに猛烈な眠気が襲ってくる。


「おやすみ。後で起こしてあげる」


 そんな涼華の声が聞こえて、すぐに意識を手放した。

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