第38話 回る観覧車

 昼ご飯を挟み、午後からもいろんなアトラクションを楽しんだのだが、行く先々で先輩の家族が現れ、さすがにそろそろ先輩が怒り始めてしまった。

 むくっとしたふくれっ面は可愛いんだけど、そろそろ不満が爆発してしまうかも。

 何か良いところはないかと思って周囲を探すと、あった。


「先輩。あれ、乗りません?」

「え? ……あ、いいね!」


 見つけたのはでっかい観覧車。

 ダイイングウィールっていうホラー映画の観覧車を再現してるんだけど、ホラー要素皆無のエリアで、ちびっ子からカップルまで大人気の観覧車だ。

 まぁ、夏休みとハロウィンシーズンにやってるホラーイベントでは、夜になるとこのエリアだけ別次元のトラウマレベルの恐怖が襲ってくるって噂なんだけど。

 ただ、今はシーズンじゃないから問題ない。

 先輩の手を引いて観覧車の列に並ぶ。

 前にも後ろにもカップルがたくさん並んでいた。子供にも人気だって聞いていたのに、子供の姿があまり見えなくてイチャイチャしている二人組ばかりが目に付く。

 今日、日曜日だよね?

 家族連れで来る人よりもカップルで来る人が多いってか?


「ご、ごめんね? 私が結翔くんと一緒に乗っちゃって」

「提案したのは俺ですから。先輩と一緒は嬉しいですよ」


 そう言うと、ぱぁっと明るい笑顔を見せてくれた。

 すぐに順番は回ってきて、俺たちより少し年上っぽいカップルが降りた後のゴンドラに乗り込む。

 扉が閉められて、ゆっくりと上へ上がり始める。

 少しずつ空に朱色が混じり始めている。楽しかった時間も終わりが近いようで、少し寂しい。

 窓からは遊園地が一望できて、多くの人たちが思い思いの時間を過ごしていた。


「ねぇ結翔くん。今日は本当にありがとうね」


 唐突に先輩からお礼を言われた。

 外の景色から俺へと視線を移し、手を取って体の前で握られる。


「私ね、実は瀬利奈ちゃんのことが妬ましかった」

「え?」

「結翔くんを紹介してほしいって言われたとき、本当は嫌だって断りたかった。でも、結翔くんに幸せになってほしかったからね」


 体重を座席に預けるようにもたれた先輩は、ふぅと息を吐いた。


「これまで後悔してた。私ね、ずっと周りのことを考えて自分を出さなかったから」

「そうなんですね」

「うん。だから、今回が初めて。自分を表に出して、欲しいものを取りに行く」


 スマホを取りだした先輩は、席を移動して隣に座った。

 カメラを起動して内カメラにすると、肩をピッタリとひっつけてくる。


「ねぇ。一緒に写真撮ってくれない? 待ち受けにして、あと大学垢のSNSに載せてもいいかな?」

「もちろんいいですよ。チーズで撮りましょうか」


 二人上手くレンズに収まろうとすると、どうしても顔が近くなる。

 先輩の美人な顔がすぐ近くにあって、呼吸が速くなって胸がドキドキした。

 太陽と魔法使い映画のお城を背景にして写真を撮る。

 ピースサインを浮かべて映っている姿は、自分で見ても緊張しているのが丸わかりで少し面白い。

 何枚か写真を撮って、それで満足したのか先輩がスマホの画面を見て微笑んでいる。

 俺にもその写真を送ってもらおうと思い、スマホを取り出そうとポケットに手を入れる。

 その時だった。

 頬に湿っぽくて柔らかい感触があり、何が起きたのか分からずに先輩を見ると、頬を朱に染めていた。

 一拍遅れて、もしや先輩にキスされたのではないかと思うと、顔に熱がこもり始める。


「え、先輩……」

「写真! 後で送るからね!」


 早口でそう言った先輩が向かいの席に戻ってしまう。

 唇が触れた頬に指を沿わせると、先輩がなんだか艶めかしく見えてまともに目を合わせられない。


「言っておくけど」


 先輩も目を合わせないままそんな風に切り出す。


「さっきも言ったとおり、欲しいものは取りに行くから。覚悟してね」

「え? あ、はい……?」


 もしかしてだが、好意を抱いてくれているのだろうか。

 友情ではなく、恋愛的な意味での好意を向けられて嫌な気になるはずなどなく、むしろ嬉しい。

 でも、今はこのまま仲の良い先輩後輩の関係を続けたいと思う自分もいて。

 その旨を正直に先輩へと伝えると、優しい笑顔で「わかった」と返してくれたことは、とりあえずの安心材料になった。

 ゴンドラは下まで戻ってきて、二人で外に出る。

 すると、先輩のお母さんが手を振っているのが見えた。どうやら一足先に帰るらしい。


「私たちも、最後にお土産を見て帰ろうか」

「もういいんですか?」

「うん。今日一日、本当に楽しかったよ。ありがとう!」


 こちらこそありがとうございます、ですよ。

 スキップ気味にお土産物屋へ向かう先輩を追いかけ、楽しい思い出をくれたことに感謝した。

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