第34話 先輩の家族

 そして迎えた日曜日。

 電車を乗り換えること片道四十分、俺は白田先輩に誘われた遊園地までやって来ていた。

 先輩とはメインゲートの外で待ち合わせだ。遊園地のマスコットキャラクターであるワンダーくんがでかでかと描かれた壁にもたれかかり、先輩を待つ。

 日曜日だから当たり前だけど、多くの人たちがゲートを潜って中に入っていく。

 ほとんどが家族やカップルで、たまーにお一人様という猛者が確認できた。俺と先輩も、関係上は先輩後輩だけど端から見るとカップルに見えるのだろうかと少し考える。

 もしそう見られたら、先輩はどう思うんだろうか。


「……ん?」


 ちょっと考えていたら、いきなり服の袖が引っ張られた。

 そちらに視線を落とすと、小学校低学年くらいの女の子が無言で袖を掴んでいる。


「えっと……迷子かな?」

「あの、お兄さんが結翔さんですか?」


 ……どうしよう。俺、この子知らない。

 俺の名前を知ってるということは会ったことがあるんだと思うけど、ちょっと思い出せない。従姉妹とかそういうんじゃないと思うし、叔父や伯母の家に子供が生まれたなんて話も聞かない。

 たまたま同じ名前の人と間違われたんだと思うけど、まぁそのことを訂正しておこう。


「そうだよ。でも、多分君が探してる結翔さんは違う人じゃないかな?」

「いえ、ここで待ってる結翔さんが私が探してる人です。毎日お姉ちゃんが家で話してるから間違えません」

「お姉ちゃん?」


 まさか、と思うと、次の瞬間には別の元気いっぱいな声が響く。


「あー! 姉ちゃんの彼氏だ!」

「え、嘘!? すごーい! お姉ちゃん本当に彼氏いたんだ!」

「なぁなぁにーちゃん! ねーちゃんのどこに惚れたんだ!? やることやったのか!?」


 小学生くらいの男の子が二人、そして中学生か小学六年くらいの女の子が駆けてきて、あっという間に取り囲まれてしまった。

 ちょっと状況が理解できずに戸惑っている間もお構いなしで、子供たちはすごい勢いで詰め寄ってくる。

 さすがにそろそろ困るなと思っていたら、また一人悩みのタネになりそうな人が来た。

 この子たちのお父さんなんだろうけど、休日の遊園地にはとてもじゃないが似合わないピシッとしたスーツ姿で、ネクタイまでしっかり結びサングラスをかけた男性が目の前に立つとどうしても緊張してしまう。


「君が結翔くんかね」

「え、えと、あ、はい……」

「そうか。君がいつも娘が話してる……」


 男性が俺を値踏みするようにジッと見ると、しばらくして小さく笑った。

 そして、ちょっと離れた場所にいた女性へと声を張り上げた。


「母さん! 美愛の彼氏くんは好青年だぞ!」

「あらあら。美愛ったらなかなかやるじゃないの」


 やっぱり白田先輩のご家族だった。

 まさか家族同伴で遊園地に誘われるとは想定外だったけど、けど弟妹さんたちも良い子っぽいし、お父さんお母さんも気さくそうだ。

 子供たちからの質問攻撃を受けていたら、遅れてようやく白田先輩が到着する。


「ごめんね結翔くん。少し迷っちゃって……って! ええええぇぇぇぇぇぇ!?」

「あ! ねーちゃん!」

「たける!? お父さんもお母さんも、え、なんでいるの!?」


 おっとどうやら先輩はご家族がいることを知らなかったみたい。

 偶然一緒になるとは、そんなこともあるんだなとちょっと驚く。


「いやなに、美愛がずいぶん遊園地に行くのを楽しみにしているようだから気になってな」

「それで、こうして黙って来たのよ。こっそり陰で見守るつもりだったけど、もう見つかっちゃった」


 偶然じゃないみたいです。

 にしても、若く見える先輩のお母さんが可愛らしくてへっと頭を小突いているのを見ると、この人先輩のお姉さんと言われても疑わない気がするな。痛いはずの仕草が痛くないのはある意味天才かもしれない。

 と、俺に群がっていた子供たちが今度は先輩へと走って行く。


「姉ちゃん! 結婚はいつするんだ!?」

「私、結翔さんみたいな優しいお兄さんが欲しい」

「お姉ちゃんもう既成事実作って結婚しちゃいなよ」

「にーちゃんが家族になるのか! 子供も増えるのか!」


 好き勝手言い放題の弟たちに顔を赤くした先輩が怒って叫ぶ。


「ち、違うよ! 結翔くんに迷惑だから変なこと言わないの!」

「ねーちゃんが照れたー!」


 わぁーっと騒いで子供たちがお母さんの元に走って行った。

 恥ずかしさからか、涙目で顔をこれ以上ないくらいに赤く染めた先輩がちびっと服の袖を摘まむ。


「ごめんね。弟たちが変なこと言って」

「いえいえ。元気な子たちで楽しそうです」

「元気すぎて大変だけどね」


 あはは、と先輩が笑った。

 お母さんは、口に手を当ててくすくすと笑いながら歩き出している。


「じゃっ、お邪魔虫はここらで退散しますね~。遊園地だから、やっていいのはキスまでよ~。その先はホテルに行きなさいね」

「そ、それはまだ早い! そういうのはもっと段階を踏んで……」

「はいはいあなた行きますよ~。この子たちにチケット買ってあげてね~」

「とーちゃん早く!」

「姉ちゃんまたな! お父さん行こう!」


 先輩の家族はテンション高めで入場チケットを買いに、券売機の列に並んでいった。


「じゃあ、私たちも行こうか」

「そうですね」


 俺たちは先輩がチケットを持っているから並ぶ必要はない。

 券売機の長蛇の列を横目に、ゲートに通じる長い列へと並ぶ。

 係のお兄さんにチケットを見せてリストバンドをもらうと、いよいよ遊園地へと足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る