第33話 お出かけの約束

 瀬利奈に泊めてもらった次の日、警察署で鍵を受け取って帰った俺はすぐにアルバイトに向かった。

 こういう日に限って朝からシフトが入っている。間に合わないかと一瞬焦ったし、もう二度と家に入れないなんて事態は避けたい。

 遅刻、なんて事態にはならなかったけどいつもより遅れてタイムカードを押した。

 社員さんには心配されたけど、そこは事前に連絡を入れていた白田先輩が一緒に事情を説明してくれる。

 まぁ、それ以外は特段変わったこともなく仕事をこなす。

 いつも通り今日入荷のコミックに盗難防止のタグを挟み、いつも通りこ面倒くさいいちゃもんつけてくるお客さんの対応をし、いつも通り売れずにいつまでも本棚に残っている書籍の返品をする。

 葛谷は俺のシフト時間はもちろんバイト先も知らないはずだから、逆上で押しかけてくるようなこともない。

 あいつのこと気にしながら生活するのはなんか癪だが、そこはもうおまわりさん頑張ってとしか言えないしなぁ。

 そんなこんなで働いていると、あっという間に勤務時間は過ぎ去る。

 俺の後に入る大学生の先輩と、白田先輩の後に入るパートの主婦の人が来たから、引き継ぎをしてタイムカードを切った。

 控室で帰りの身支度を整えていると、名札をロッカーに片付けた白田先輩が鞄を取りだしながら話しかけてくれる。


「ねぇ結翔くん。そういえばなんだけど、昨日瀬利奈ちゃんとはどうなったの?」

「どう、とは? というかなんで先輩がそのことを……」

「瀬利奈ちゃんからメッセが来てね。すごく嬉しそうな文面だったから、もしかしたら復縁でもしたのかと思って」

「あー、いや……」


 復縁……も、考えはするけどまだそこまで踏み切れない。

 葛谷のせいとはいえ、信じてもらえずに別れたあの経験は、真相が明らかになった今でも早々克服できるものではなかった。

 瀬利奈には悪いと思っている。でも、これは答えを出すのにもう少し時間が必要で、答えを聞きたいのだとしたらもう少し待っていてほしかった。


「そんなんじゃないです。ただ、昨日は瀬利奈に助けてもらいましたけど」

「なーんだ。でも、瀬利奈ちゃんにとっては嬉しかったんだろうね」

「どういう……」

「そこは察してあげないと。そんなんだと永遠に独り身……あ、ごめん」


 久々に飛びだしたな先輩の毒。

 かなり軽めだから別に気にならないけど、不意に来たから驚いた。


「でも、そっか。まだ復縁してないなら……」

「先輩?」

「ううん、なんでも。あ、そうだ結翔くん!」


 突然、パンと手を打ったかと思えば、先輩が鞄からチケットみたいなものを取り出した。


「これ、遊園地のペアチケットもらったんだ! 今度の日曜日に使えるから、よければどう?」

「日曜、ですか? すみませんその日は……」


 昼から六時間のシフトが入っている。

 先輩と遊園地というのも楽しそうでぜひ行きたかったけど、さすがにシフトを放り出すわけにもいかないし、仮病で休むのもどうかと思う。

 悔しいけど、諦めるしかないな。


「すみません、昼からシフトはいってるので行けないです」

「あ、そっか……ごめんね、お仕事頑張ってね」


 しゅん、と落ち込む先輩は見てて少し心が痛む。

 でもこればっかりは……。


「話は聞かせてもらったよ」


 と、思っていたら控室の扉が開き、先輩が入ってきた。


「あれ、先輩どうしました?」

「掃除用の埃取りを控室に忘れてね。それより、日曜のシフトは代わるよ?」

「え?」


 先輩の申し出はありがたいけど、果たしてそれはいいのかな。

 いや、やっぱり良くない気がする。確か先輩にも彼女さんがいたはずだし、その時間を大切にしないといけないだろうから、ありがたい申し出ではあるけど断ろう。


「いえ、大丈夫です。お気持ちだけありがたく」

「……じゃあ言い方を変える。代わってください! 稼がせてください!」


 勢いよく頭を下げられて、思わず俺も白田先輩もぽかんと口を開けて固まってしまった。

 すると、聞いていないけど先輩が理由を話し始める。


「実は調子に乗って彼女に高いプレゼントしちゃって今月金欠になりそうなんだ! もやしに色を添えるためにぜひシフトを代わってほしい!」

「えぇー……」


 格好いいやら情けないやら。

 で、でもこれで代われば人助けになるし、代わってもいいかもしれない。

 社員さんに許可をもらえたら、の話にはなるけどね。


「話は聞かせてもらったよ!」


 そんなことを思っていたら、社員さんが控室に入ってきた。そういえばシフト表にこの時間は休憩って書いていたから、きっとそれ。


「日曜は系列の店でイベントがあってうちは多分暇だろうし、松原君の代わりに和田君が入ってくれるなら問題ないよ。それよりもデートを楽しんだ方がずっといいだろうし、行ってきな」

「いいんですか? 皆さんありがとうございます!」

「やったね! 日曜日楽しみにしてる! 待ち合わせとかはメッセ送るね!」


 輝く笑顔になった白田先輩が手を握ってくる。

 日曜日に急遽お出かけの予定が入りました。

 ほんと、白田先輩にはいろんな所に連れて行ってもらっちゃって、楽しい思い出を作ってくれるから感謝です。

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