第25話 距離感と関係性
ジョッキをぶつけて乾杯とすると、一気に中身を呷った。
「くぅぅぅ~! 生きてるって感じがする!」
「ハイボールで感じる命とは一体……?」
でも気持ちは分からんでもない。俺も今絶賛命を感じてる。
野菜の盛り合わせと牛バラ肉を注文し、もう一度ジョッキを傾けた。
「あ、そうそう。テストの打ち上げでする話じゃないかもしれないけどさ」
「ほいほい」
「あんた、もしかしてこの年末年始の期間で彼女とかできたの?」
「ぶっふぉ!?」
唐突におかしなことを聞かれて吹き出しそうになってしまった。口に液体を含んでいたら大惨事間違いなしだった。
そんな短期間で彼女なんてできるわけがない。
合コンに参加してカップル成立、ってことならあり得るかもしれないが、あいにくその期間は合コンに参加する時間もつもりもなかった。
いきなりそんなことを聞かれた理由が分からず、思わず訳を尋ねてしまう。
「どうしてそう思ったんだよ」
「年明けすぐの授業であんたから香水の香りがしたから。多分だけど部屋か、そうね……ソファーに香りがつくほど誰か女子を招いてたってことじゃないの?」
「部屋の芳香剤とか俺が使ってる香水の可能性は……」
「私の嗅覚を舐めるんじゃないわよ? あれは絶対に女物の香水よ」
確信をもってるみたいだ。
涼華がお箸の持ち手で右の頬をうりうりと突きながらニヤニヤしている。
「で、誰なのよ~? 紹介しなさいよ~」
もしかして既に酔っ払ってらっしゃる?
お酒にまぁまぁ強い涼華のことだからあまりあり得ないと思うが、でもこのだる絡みは酔っ払い特有の現象だろう。
ただ、隠すようなことでもないし正直に話す。
「瀬利奈だよ。年明けにお土産持ってきて、それでご飯を作ってくれた」
俺がそう言うと、涼華はすっとお箸を戻した。
机に揃えて置き、ハイボールに口を付ける。
「そう。あの子、家に上げたんだ」
「……? 別に、おかしなことじゃないだろ?」
「おかし……くは、ないけどさ。結翔はそれでいいの?」
声音が変わったことにはさすがの俺も気が付く。
涼華は今、真剣な気持ちで今のままでいいのかを聞いてきていた。
涼華が何を聞こうとしているのか。ここまで長い付き合いなことだし、今さら分からないと言って逃げるつもりはない。
「いいと思ってるから家に上げたんだ。そうじゃなきゃ玄関先で追い返してる」
「そうよね。いいと思ってなきゃ上げないわよね」
「納得していない、って顔してるな」
「本音を言えばね」
静かにハイボールを飲みながらそう言われた。
「これは結翔とあの子の問題だから私がとやかく口を挟むのはお門違いだけどさ、話の流れ的に和解したんだと思うけど、それでもあんたは結構なことを言われてるんだよ?」
「それはまぁ……でも、あれは俺も悪かったから」
「お互い様って事で話を付けたんだったらそれでいいの。けどさ、一つだけはっきりさせておいたほうがいいと思うよ」
ジョッキを置き、指を交差させ肘で体重を支えながら乗り出すようにしてくる。
普通に真剣そのものな話の流れに俺も真面目に向き合う。
「結翔は、あの子とどういう関係を望んでるの?」
「そう言われると、曖昧な答えしか返せない」
「私が言えた口じゃないけどさ、もっと距離感を大事にした方がいいと思う。友達、親友、恋人。これ全部適切な距離感は違うからね。その境界線を曖昧にしたままにしておくと、周囲からどんな目で見られるか」
「周囲にどう思われようと関係ない。俺の環境は俺が選んで作ったものだから」
その言葉に、涼華が「そっか」と小さく返事した。
少しの間、無言の時間が流れる。
「今すぐにでも答えを出せとは言わない。けど、いつかはね」
「それはもちろん。いつかは」
「一般的に見たら、おかしな関係なのは私たちのほうかもしれないけど」
「そんなことないだろ。親友として適切な距離だと俺は思ってる」
「親友、ね。まっ、とにかくあんたがどんな選択をしようと私は応援するから。困ったり辛かったりすることがあったらまた焼き肉で慰めてあげるから、突っ走りなさいな」
「おい待て自然な流れで焼き肉を奢らせようとするな。それに、今日は割り勘だぞ」
「バレたか。分かってるわよそれくらい」
ふふっ、と涼華が笑う。
あまりにも長いこと喋ったせいか喉が渇いた。
同時タイミングで俺も涼華もハイボールを呷ると、中身が空になる。
「ありゃ。すいませーん! おかわり二つくださーい!」
「あいよー!」
もう一杯ずつハイボールのおかわりを注文し、お肉の到着が遅いことを気にしながらスマホを触る。
っと、そういえば。
瀬利奈から涼華への伝言をすっかり忘れていた。
「そういえばなんだけど、瀬利奈が謝りたいって言ってたぞ。時間が取れないかって」
「そう。私もあの時は言い過ぎちゃった部分もあるし、謝らないとね。あんたを介して話すのも面倒だし、あの子の連絡先教えてよ」
「本人の知らないところで横流しはマズいだろ」
「それもそうか。じゃあ、土曜日にうちの大学近くのカフェ十三時って伝えておいて」
「あいよ」
指定の日時と場所を瀬利奈に送ってやると、ついにお肉と野菜の盛り合わせが到着した。
涼華がトングを持って楽しそうにお肉を網に乗せていく。
「なんか重い話しちゃったけど、焼き肉なんだしもう忘れて楽しみましょうか」
「そうだな」
肉の焼ける音といい匂いが素晴らしい。
中心に肉を置き、周囲に玉ねぎとカボチャを置いて焼き上がりを今か今かと楽しみにする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます