第26話 旅行のお誘い

 小皿にタレを注ぎ、取り分け皿に焼き上がった肉を積み上げる。

 ほどよいレアに仕上げたサイコロ牛にタレを絡ませて口に放り込む。

 店オリジナルだというタレはちょっぴりピリ辛で、そして旨味と甘味が一気に噴出して美味しかった。

 と、ここでビビンバを食べ進めていた涼華が思い出したように箸を向けてくる。


「そうだ結翔。明日って暇? あと、春休みに何か予定ある?」

「え、ないけどいきなりどうした?」

「あっそ。じゃあ、明日付き合いなさい」


 これまた急な話だ。

 すべてのテストを終わらせたから明日は特にやることもない。家で最近ハマっている動画形式の漫画を見たり、たまっているソシャゲのイベントストーリーでもクリアしようかと思っていた。

 春休みについても同様。バイト以外は悠々自適な自堕落引きこもり暮らしが始まる。

 二年生の春休みは大学生活の中で何も考えずにぐーたら過ごせる最後の時間だ。そんな時期にこれでいいのかと思わないこともないが、予定のない大学生の暮らしなんて大体こんなものだろう。

 言ってて悲しくなってきた。

 店員さーん。ちょっとこのタレ、塩がききすぎでーす!


「で、明日何があるんだよ」


 冗談はさておき、明日何をするつもりか聞いてみる。

 すると、涼華が箸を置いていい笑顔で鞄を漁り始めた。

 中から包みを取り出すと、くるまれていたチケットのようなものを見せつけてくる。


「じゃじゃーん! 高級旅館割引けーん!」

「すげぇ! どうやってそれを……!?」


 涼華が見せてきたのは、俺も知っている旅館の割引券だった。

 この旅館はマジですごい。どのサイトで検索しても口コミレビューが最高評価しかないというあり得ないはずの事象を現実にしている旅館だ。

 サクラとかを疑うにしても最高評価以外が数千件のレビュー投降の中で一つもないのはとんでもないことだと思う。

 一泊で二桁万円は当たり前で、とてもじゃないが学生には手が出せない至高の場所に至る魔法の割引券が涼華の手に握られているのに興奮を隠せない。


「お母さんの友達の友達の職場の同僚さんの妹さんと結婚した旦那さんがね、この旅館の関係者らしいの。で、この前地元に帰ったときになにがどういった訳かお母さんにこの券が巡ってて、それで私にくれたの」

「ほんと何がどうなってそんなことになったのか知らないけど、ありがたい! ありがとうございます神様涼華様涼華のお母様お母様の友達の友達の……なんだっけ?」

「覚えなくて大丈夫でしょ。感謝の心を忘れなければ」


 ……ん? 待てよ?


「明日そこに泊まりに行くと?」

「んなわけないじゃない。もしそうならこんなのんびり焼き肉つついてないわよ」

「なんだよただの自慢かよ性格悪いなぁ」

「オッケーそういうつもりなら別の人誘うから」

「ごめんって! え、マジで俺を誘ってくれるの?」

「そうじゃなきゃこの話はしないわよ。変にお土産たかられても嫌だし」

「とか言いつつ涼華は買ってきてくれるって信じてる!」

「そりゃあ……って! そんなことどうでもいいの!」


 わずかに残っていたビビンバを完食し、ハイボールでグッと流し込んでいた。

 追加でついにビールを注文し、俺もそれに乗っかってビールを頼む。


「明日、生協でバスのチケット買おうって話よ。ついでに旅行の計画とか立てたいし」

「あーなる。でも、しつこいけどどうして俺なんだ? 他に誘う相手たくさんいそうだし、泊まるなら女友達とかの方がよくないか?」


 ふと疑問に思ったことを聞いてみると、涼華がクスクスと笑い出した。


「あら? これでも私、結翔のことは結構気に入っているのよ?」

「それはなんとなく分かるけど」

「私ね、交友関係は広いように見えるけど大半が浅い関係なの。一緒に旅行に行こうって思えるのは本当にごく少数」

「それは分かる。基本的には広く浅くだよな」

「そうそう。で、交流のある女の子を誘ってもいいけど、それならあんたと行った方がいろいろと気楽でね。どう?」

「そういうことならありがたく。春休みに行くって事か」

「そういうこと」


 なら、ありがたく乗っからせてもらうとしよう。

 女子と旅行なんて修学旅行以来だ。こういうのも大学生活が充実してるな~って感じるイベントだと思う。

 瀬利奈ともいつか旅行しようなって約束したままで結局どこにも行けなかったから、心のどこかで誰かと一緒に旅行に行くという行為に憧れがあったのも確か。

 急に春休みが楽しみになってきた。

 店員さんがビールを運んできてくれて、空いたお皿を返してビールを受け取る。

 アルコールが回ってきたのかそれとも旅行への楽しみな気分なのか分からないが、ハイテンションでジョッキをぶつける。


「「乾杯!」」


 今、最高に大学生やってる!

 そんな風に思って新しく今度はタンを金網に乗せた。

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