第16話 クズと別れる
結翔くんと別れ、駅前の広場で人を待つ。
今回のこと、結翔くんは全部自分が悪いと言っていたけれど、絶対にそんなことはない。
岩城さんのことは、付き合ってすぐに知った。
最初、驚かせようと思って結翔くんの大学に行ったときに、初めて彼女のことを見た。
あんまり人目を気にする様子もなく結翔くんの腕に抱きつく様子を見て、浮気を疑わなかったと言えば嘘になる。けれど、五分もすれば違う事がすぐ分かった。
岩城さんと結翔くんの間にあったのは、恋愛とはまた違う感情のように見えたから。少なくとも、結翔くんは岩城さんを異性ではなくて大切な友達、くらいに見ていたと思う。
距離感を気にしたけど、結翔くんに確認したら隠す様子もなく教えてくれた。
『涼華は高校からの友達だよ。ごめん、話してるの嫌だった?』
普通、浮気だったとすれば多少なりとも挙動が不自然になる。そんな様子が結翔くんには一切なかった。
恋人を作ったのだから異性との連絡や接触は避けるべき。
そんな意見をよく聞くけど、私はそうは思わない。
だって、恋人と友達で距離感というか、感じる気持ちは全くの別物だと思うから。それぞれにいいところがあって、それぞれに悪いところがある。
だから、結翔くんの困ったような問いかけに、私は首を横に振った。
「私が一番なんでしょ? なら、それでいいよ」
そう返したように思う。
恋は盲目。単純だったなと思うけど、関係性を隠さず教えてくれた後に私を気遣ってくれたから、やっぱり結翔くんと岩城さんの関係は浮気なんかじゃない。
だから、もしあの写真を見せられたときに顔がそのまま岩城さんだったのなら、私は何も思わなかっただろう。いつものように仲良く家で飲んでいるんだな、私も呼んでほしかったな、程度のもの。
そうじゃなかったから、私はあんなにも取り乱して、
そして、取り返しの付かないことを言ってしまった。
家に帰って酷く後悔した。何度も謝ろうと思ったけど、その度に最低な私の姿が脳裏にちらついて何も言えなかった。結翔くんは何度も家に来てくれたけど、合わせる顔がなかった。
そのうちに家に来てくれなくなって。それが寂しくて、結翔くんは本当に浮気したんだって自分に言い聞かせるしか平穏を保つことができなかった。
その後すぐに欺木くんが声を掛けてきたけど、今思えばこの時に疑わなかった私がやっぱり何もかも悪いよ。
だから、多くは望まない。
せめて、結翔くんとの関係をマイナスからゼロにするために、私は決着をつける。
「おっ、いたいた。急に呼びだしてどうした……」
声を聞いた瞬間、自分でも不思議なくらい体が早く動いた。
欺木くんの……ううん。葛谷の頬に平手打ちを浴びせる。私の手も思わず痺れるほどの強い一発。
目頭が熱くなってくる。手の痛みなんかじゃない。心に穴を開けられた痛みだ。
「全部、君のせいだったんだ」
「……チッ、ついにバレたか」
「ッ!」
我慢できなくなってもう一回頬を叩く。
何事かと周りの人たちが私たちを見てくるけど、そんなことはもうお構いなしだ。逆にこれだけの注目がある中で葛谷を糾弾すればもう二度と私たちみたいな被害者が出ることはない。
「なんでこんなことするのよッ! 私、君とは面識はなかった! なのにどうしてッ!」
「そんなの、お前が体だけは俺の好みの見た目をしていたし、玩具にしたかったからだよ。結翔先輩もなーんか見てると苛ついてくるし、大事な彼女寝取ってショックでそのまま消えてもらおうとしたんだけどな」
ヘラヘラと意地の悪い笑顔が向けられたかと思うと、急に険しい顔に変わった。加害者の癖にどこか怒りを滲ませるような表情をしている。
「大体、結翔先輩は調子に乗りすぎなんだよな。俺の本命は岩城先輩だっての。なのに、先輩から相手にされずにその先輩と一緒にいるクセに他に女がいるときた。そりゃあ、こうなったのも自業自得だよなぁ!? 痛い目見て消えてもらわないと」
「……ッ!」
「ハメ撮りの一つや二つ送りつけてやろうとしたのに、お前全然ヤらせてくれないしつまらねぇの。まっ、適当に弄んでヤることヤったら捨てるつもりだったしいいけどな」
「ッ! この……ッ!」
怒りでどうにかなりそうだった。
そんなくだらない理由で私たちのことを。絶対に許せるはずがない。
缶バッジのピンをいつの間にか手にしようとしていて――、
「瀬利奈ちゃんダメッ!」
たまたま通りかかった同じ大学の友達に止められた。
我慢していたものが溢れてくる。立っていることも出来ないほど力が抜けてしまう。
泣きながら恨み言をぶつけるしかできなかった。
「返してよ……! 幸せだった私たちの時間を返してよぉ……」
友達に支えられて、泣く。
頬を叩かれてすごく不満そうな葛谷だったけど、周りからの声が聞こえてきたみたいだ。
「うーわ、あいつ女の子泣かせてるよ最低……」
「今の話マジ? とんだクズ野郎じゃん」
「ないわー。ないわー」
顔色を悪くした葛谷が足早に去っていった。
これで、あいつとの関係は多分切れたと思う。少しは清算できたと信じたい。
葛谷繋がりのSNSをすべてブロックする。もう二度と関わることがないように。
あいつのせいであまりにも大きなものを捨ててしまった。私にはもう何も残っていない。
ピコン、と、スマホから通知を報せる音が鳴る。
「……ほんと、結翔くんは優しいなぁ」
滲む視界で、彼のアカウントにフォローされたというSNSの通知を眺めて呟く。
手元にあるのはこの細くて、何よりも大切な繋がり。
どんな形でもいい。今度こそ、この繋がりは決して捨てないようにしたいと思う。
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