第15話 関係性を見直して

 そうだ。この日、俺は確かに家に涼華を招き入れた。この日は涼華と吾郎を呼んで家で宅飲みをしていたんだった。

 結局、誤解させるような行動をしたのは俺の方だったじゃないか。自分がどうしようもない馬鹿で、惨めで、瀬利奈の心に深い傷を与えてしまった醜い存在だと自覚する。


「ごめん……っ! これ、涼華だ。このコートは世界で涼華しか持ってない一点物だから、見間違えるはずがない」

「うそ……でも、顔が……」

「多分、合成写真だよ」

「そんなぁ……!」


 頭を抱え、写真を今にも握りつぶしそうなほど強い力で掴んでいる。

 それから、ハッとしたような表情をしてまた目から涙が流れる。


「そうだよ……思い出した。私、これも聞いてたのに」

「え、言ったっけ?」

「『昨日岩城さんと井上くんが家に来て散らかしたから片付けができてない』って。確かに結翔くん言ってたよ……っ!」


 声を上げて泣き出してしまい、他のお客さんたちの視線が俺たちに集まってくる。


「馬鹿……馬鹿馬鹿馬鹿ッ! なんでもっと早くに思い出さなかったのよ! 私の馬鹿ッ! そしたら……そしたらこんなことにはならなかった! 結翔くんと別れることにはならなかったのにぃ……!」


 気を遣わせてしまったのか迷惑をかけてしまったのか、お店の人が席を個室に変えてくれた。割と防音も効いている特別な個室らしい。

 荷物を持って二人で移動すると、少しではあるが瀬利奈も落ち着きを取り戻していた。


「ごめん。けど、やっぱり結翔くんは何一つ悪くないよ。だって全部話してくれていたし、それを思い出さずに決めつけたのは私なんだもの」


 そう瀬利奈は言うが、やっぱり俺が悪い。本当に俺が何一つ悪くないとするならば、それはこんな誤解を与えるような写真に変貌する素材を与えなかった世界線の俺だ。

 どうにか瀬利奈を説得して、今回は俺たち二人が悪かったという落としどころで納得してもらえるように頑張ろう。それが、お互いのためになると思う。

 そして、こんなふざけた合成写真を作った馬鹿野郎を瀬利奈から聞き出さなくては。どうせあいつしかいないだろうけど。


「これ、やっぱり見せてきたのは……」

「うん。欺木くん」


 やっぱりな。あいつ、一発しばく。

 どうせこの女もネットの写真かあいつの交友関係だろう。手の込んだことしやがって。


「さっき言ってた話って、あの噂だよね?」

「ああ。……さっきの口ぶりからすると知らなかったみたいだけど」

「うん。むしろ、あの噂で冷静になることができたの。……何もかも手遅れになっちゃった後だったけど」


 自虐気味に笑った瀬利奈が写真を半分にして破り捨てた。


「結翔くんは絶対にそんなことする人じゃないもの。だから、おかしいと思っていたけど、自暴自棄になっていたときになし崩し的に付き合っちゃった欺木くんと一緒に行動してた。けど、全然楽しくないし毎回毎回セックスを誘われるし、おかしいと思った」

「あー……それは」


 あいつならやりかねない。白田先輩が見た目でクズだと判断するくらいには分かりやすいし。


「それで、この前ホテルに連れて行かれそうになったとき、帰る振りしてこっそりと彼を見ていたの。そしたら」

「そしたら?」

「多分友達だと思うけど、電話していたのを聞いちゃった。『せっかく先輩を陥れたのに思うようにいかない』って。私のことも、『尻軽のくせに全然ヤラせてくれない』って」


 あいつ、一発で許せそうにないわ。停学退学覚悟でボコボコにしてやりたい。

 瀬利奈が目にいっぱいの涙を浮かべて真っ直ぐこちらを見つめてくる。


「それで、全部彼に嵌められたんだって気づいたの」

「そう……か」


 今回のことは、不幸な事故だったと言えなくもない。俺は瀬利奈を裏切るような真似をしてしまったことだし、瀬利奈も俺のことを信じることができなかった。

 カップルにはよくあるすれ違いだ。ただ、それが決定的すぎただけで。

 瀬利奈がキーケースを取りだした。中から一本の鍵を取り出し、俺の手にそっと握らせる。


「遅くなっちゃったけど、これ、返すね」

「……別に持っていても……」

「だめ。私はもう、結翔くんの彼女じゃないから。この鍵を持っている資格は私にはない。……でもね」


 涙を拭い、我慢と悲哀の入り交じる強い目を見せてくれる。


「また、結翔くんがその鍵を渡してもいいって思えるように私頑張るから。だから、どうか、お友だちからでいいのでやり直すチャンスをください」


 深々と頭を下げられた。

 一連の話の流れを多くの人に話してしまっているし、涼華や吾郎辺りは納得できないかもしれない。

 けれども、どういう判断をするかは俺が決める。

 終わらせたと思っていたが、俺の中で瀬利奈という存在はことのほか大きかったようだ。

 前のようにはいかないと思う。大きいと言うだけで、忘れることもできると思う。

 けれど、やり直すチャンスくらいは、お互いにあってもいいのではと思った。

 恋人に戻るわけじゃない。恋人に戻れるかどうかを、見定める関係だ。


「分かった。友達から、一からもう一度やり直そう」

「っ! 結翔くん、ありがとう……!」


 泣き笑いの顔。

 瀬利奈は財布を開くと、お札を二枚置いて席を立った。


「先に出るね」

「ゆっくりしていけばいいのに」

「ううん。私、やらなくちゃいけないことがあるから。……今から、きっぱりと決別してくる」

「……そっか」


 瀬利奈が誰を呼び出したのかは分かるけど聞かない。

 店を出て行く彼女の後ろ姿を見送り、俺はホットコーヒーを注文した。

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