第12話 夜景の綺麗なレストラン

 出発するのにちょうどいい時間となったのは、闇の騎士が誕生して帝国が興った時だった。

 空は少しずつ暗くなり始め、気温もだんだんと下がってくる。

 ゴミを片付け、時計を見てから重い腰を上げる。


「そろそろ出るか」

「そうね。じゃあ、私ここで着替えるからあんたは隣で着替えたら?」

「そうするよ」


 言われた通りにベッドを置いてある部屋に移動すると、背中側から衣擦れの音が聞こえる。

 意識しないようにして後ろ手に扉を閉めると、クローゼットから外向きの服を取り出す。二度と着ることはないと思っていた服からは、ふんわりと甘い芳香剤の香りが漂ってきた。

 脱いだ服をベッドに放り投げ、着替えを終えると部屋を出た。着替え終わっていた涼華が鏡で身なりを整えている。

 黒の上着に明るい黄色のスカート。普段と違うメイクが涼華の美をさらに際立たせ、パールのネックレスが視線を集めて完成度をしっかりとしたものに仕上げていた。

 思わず立ち尽くしていると、涼華が笑いながら顔の前で手を振る。


「お~い。どうしたー?」

「あ、いや、綺麗だなって」

「え? あ、ありがと」


 顔を背けて頬を朱に染めている。


「さっきさ、洒落た感想がないって言ったけど、こういうのが一番いいね」

「お、おうそうか」


 なんだかこっちまで恥ずかしくなってきた。

 涼華、前はそんな反応なんて絶対にしなかったのにどうしたんだろう。クリスマスマジックにあてられでもしたのか。

 とまぁ、そんなこんなで出かける準備も整い、家を出た。

 冷たい空気が満ちていて、温かいのは涼華と繋いだ手だけだった。


◆◆◆◆◆


 やってきたのは、高層ビルの上の階にあるお高いレストラン。夜になると夜景が綺麗だとネットで有名だったから選んだ。

 瀬利奈とここでロマンチックな一夜を過ごすと予約したときは思っていたが、まさか涼華と来ることになるとは人生何が起きるのか分からないものだ。


「にしても、まさかこの店だったとはね。ほんともったいない」

「やっぱりここ有名なのか?」

「まさか知らないで予約したの? ここ、プロポーズしたいレストランランキングで何年も一位を取ってるお店よ」


 知らなかった。夜景が綺麗だし特別だな~感覚で予約しちゃった。

 言われてふと迷惑にならない程度に周囲を見てみると、妙にそわそわした雰囲気の男性が数人いた。

 あ、向こうの席では男性がポケットから小さな箱を取り出している。中には指輪が入ってて、リアルに箱パカプロポーズってあるんだ。

 女性が涙ながらに指輪を受け取っていることから、どうやらプロポーズが成功したっぽい。お店の人と、それからお客さんたちも拍手をしているから倣って俺たちも拍手で祝福する。

 その様子を涼華はどこかうっとりした様子で眺めていた。


「ああいうのベタだけど、でも憧れでもあるのよね」

「そっか。ごめんな、付き合ってもないのに連れてきちゃって」

「いいって。謝られるとなんか逆に傷つくし」


 「それに」と、涼華は頬杖をして俺の鼻頭を突いてくる。


「私からお願いしたんだし。嫌いな相手とクリスマスイブを過ごしたりなんてしないから」


 その笑顔に思わずドキッとしてしまう。

 と、ちょうどいいタイミングでお店の人が食前酒を持ってきてくれた。桃色の透き通るシャンパンがグラスに注がれる。

 注がれたグラスを手にし、ゆっくりと飲んでから涼華が微笑む。


「これ、ロゼでしょ?」

「よく分かったな」

「私はこれを結翔が知ってることが驚きよ。ネットで調べたの?」

「何気に失礼な。事実その通りだけど」


 華やかなシャンパンで検索したらヒットして、お店に確認したら出せるということで用意してもらった。

 涼華も知っていたことだし、有名な銘柄だろう。いや、涼華は博識なところがあるから知っていて当然かもしれないが。起源とかそこら辺はあまり詳しく調べずに見た目で判断したうっすい知識だから詳しくは語れない。

 俺もそっと口に運ぶと、ベリーの風味が優しく広がった。

 アミューズも運ばれてきて楽しみながら会話に花を咲かせる。


「涼華ってグラスが似合わないよな」

「喧嘩売ってるのかしら?」

「ごめんって。でも、ジョッキが似合うのは事実だと思う」

「それは私も思ってるけどさぁ」


 本当はグラスの方が似合うとは思う。大人びていて、男女問わずに人気を集める大人の女子って印象だし。

 けど、俺と話すときの涼華はもっとこう、親しみやすさが強くて格式高い場所ではない場になる気がする。

 いつもと違う場所に来たからと特別な会話をするわけでもない。どこでもできるような当たり触りのない会話も、ここでは高級感が増す。

 そうこうしているうちにオードブルが用意された。

 運ばれてきた料理に涼華が小さな感嘆の声を漏らす。


「ほぇ~。ねぇ、やっぱり割り勘にする?」

「俺が恥を掻くわ。ここまで来たら奢らせろ」

「そう。やっぱ結翔ってなんだかんだ言っても優しいよね」


 夜景と並ぶ涼華の笑顔がとても綺麗で。

 その顔を見れただけで、コース代金以上の価値はあると思うことができた。

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