第9話 女友達VS元カノ

 あの日から何も変わらない。いや、当然と言うべきかあの日よりもずいぶんと柔らかい印象だった。

 といっても付き合っていた当時と比べるとそのまんまだ。声も、表情も、佇まいも雰囲気も。

 明るいホワイトに染められたミディアムヘア。カラーコンタクトで着色した薄い水色の瞳。薄化粧でも映える美貌を持つ顔。ブランド物のお高いブラウンのコートと白のハイネックが似合っている。

 楽しかったあの時間を思い出すようで、完全に吹っ切れたと思っていた未練が蘇ってくる。


「久しぶりだね、元気にしてた?」


 別れたあの日の罵倒などなかったように優しい口調で話しかけてくる。

 俺もおなじように返そうとはするのだが、どうしてもあの瞬間が脳から離れずについ素っ気ない返事になってしまう。


「まぁ、な」

「そっか。あ、SNS見たよ。美味しそうなお店だったね。あの後さ、アカウントをフォローしたんだけど、プチバズしてたから通知に反映されなかったかな?」

「いや、ちゃんときてたよ」


 何が嬉しかったのか、目に見えて瀬利奈の表情が明るくなった。

 が、それと反比例するように涼華の顔はどんどんと険しくなっている。トラブルを察した吾郎は急いで本を買って戻ってきてくれた。さすがに勘は鋭いようだ。

 視線を下げ、指を搦めながらもじもじとする瀬利奈だったが、やがて意を決したように強い目をして真っ直ぐ視線を合わせようとしてくる。


「でね、結翔くんさえよければフォローを返してもらえると嬉しいかなって……」

「――は? 何馬鹿なこと言ってるの? いい加減にしなさいよね」


 口を開いた涼華が瀬利奈に掴みかかる。

 慌てて止めようとするが、それは後ろから吾郎に止められた。目で「好きにやらせてやれ」と言われてはあまり強くは出れない。ただ、一応大学の構内で生協内であるから暴力沙汰になるようなら多少手荒く対処はさせてもらう。

 葛谷は涼華の剣幕に怯えて距離を取っていたし、瀬利奈はあくまで冷静に涼華と向き合っていた。


「……服が伸びるから離してくれない?」

「あんたさぁ、自分が結翔に何をしたか忘れたわけ? 結翔は普段通りにしようとしてたから私も我慢してたけど、もう限界よ」

「貴女には関係のない話だよ。結翔くんと付き合ってるわけじゃないんでしょ?」

「それはそうだけど」

「じゃあ、部外者じゃん。口を挟まないでくれる?」


 舌打ちをした涼華が半ば乱暴に手を離した。

 しわになった箇所を軽く手で払い、元通りに近づけて瀬利奈が小さくため息を吐いた。


「ここじゃ落ち着いた話はできない、か」

「瀬利奈。俺たちは……」

「……分かってる。けど、お願い。一回だけ二人きりでゆっくり話したいことがあるの。本音で話したいから、今度時間をちょうだい? また、連絡するから」


 そう言い、瀬利奈は建物から出て行ってしまった。

 ご機嫌斜めな涼華さんは俺たちを置いて反対側の出口から出て行ってしまったし、後には男三人衆が残される。


「はぁ~……なんすかあれ。先輩ってどうしてあんなのと付き合ってたんすか? 瀬利奈も岩城先輩もヤバいでしょ」

「そりが合わない人間同士だとああなるよ。ところで、葛谷はお菓子を買わなくていいのか? 早く買って瀬利奈を追いかけろよ。彼女なんだろ?」

「目の前で他の男に迫る女を彼女とか冗談きついっすよ。先輩からすんなり俺に乗り換えたりまた元サヤに戻ろうとしたり、あいつ尻軽すぎるって。そのくせ全然ヤらせてくれないし」

「お前……」

「この前せっかくホテルまで連れて行ったのに。入る前に急に帰るとかマジで萎えるんですけど。先輩もよくあんなのと……」

「おい欺木。ここが大学内で、ちらほらと生徒がいること忘れてないよな?」


 吾郎の指摘通り、遠目から今の騒ぎを見ていた何人かがひそひそと何かを話していた。

 ばつが悪くなったのか、葛谷はお菓子を掴むとレジへと駆けていった。


「けっ! 先輩は腹いせに人の彼女を寝取るんですね! やっぱり酷い人だ!」


 最大級のおまいうブーメランを残して葛谷がいなくなった。

 ただ、今の捨て台詞は完全に逆効果だろう。多分俺の評価を落としたかったのだろうが、やりとりを見ていた他の生徒はめっちゃ冷たい目で葛谷を見てたし。

 てか、なんなら今でも「だっさ」とか「近付きたくない」とかもう名指しで言われてるのが聞こえてくるし。

 吾郎も腕を組み、呆れを吐き出すような大きなため息をついた。


「何がしたいんだあいつは……」

「謎。説明されても理解できる自信がない」


 吾郎に同調するようにため息を吐く。葛谷の行動は訳が分からない。

 追いつけないだろうが、涼華が出ていった出口へと歩くと途中で吾郎が前を見たまま聞いてくる。


「で、どうするんだよ? 二人きりで話がしたいとか言ってたけど」

「まぁ、行ってみようかなって。どう思う?」

「絶ッ対にやめとけ。やっぱあの子とは別れて正解だよ」

「だよな~。っぱそうだよな~」


 吾郎の忠告が多分絶対的に正しいのだろう。

 けど、心の奥底でいまだに燻る未練の炎にはどうしても抗えず、瀬利奈からの連絡次第だなと考えた。

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