第8話 休みの日に大学で

 バイトが終わって家に帰り、お昼を食べてゆっくり動画でも見ようかと思った矢先のことだった。

 大変なことを思い出してしまったのだ。昨日が期限のレポート……ここにあるはずのないものが机の上に置かれていた。


「やべぇ……忘れてた……ッ!」


 何か忘れていると思っていた違和感の正体はこれだった。急いで持っていかなくてはマズい!

 減点はされるだろうが、未提出よりはかなりマシなはずだ。仲良しの教授が担当する授業だから、もしかすると大目に見てくれるかもしれない。

 レポートの束を掴み、財布とスマホをポケットに押し込んで家を飛び出す。

 というか、思うがレポートは普通にオンラインで提出できるようにしてほしい。他の教授は皆そうしている。なぜこの教授はそうしない。

 理由は一つ。この教授が超が付くほどの機械音痴だからだ。

 メディア情報センターの助けを借りても刹那の時間目を離しただけでエラーを引き起こす教授のレポート提出は疲れた。ここだけはどうにか改善してほしいものだ。

 と、なんとなく最近有名になった漫画のキャラのものまねをしてみたが、実際そう思っている。オンライン提出にしてほしい。期末でもないのに原稿用紙二十はキツイ上、手書きとなるとなおさらだ。

 電車に乗り、普段より人が少ない状態で揺られて数駅。大学に到着する。

 休み期間中なだけあり敷地内はあまり、いや、ほとんど人がいない。おかげで全力ダッシュしても目立つことはなかった。

 急いで教授の研究室にレポートを提出し、疲れた体で帰路につく。というか、もう今から家に帰って昼ご飯とか面倒だからここらでお昼は済ませてしまおう。

 幸い、食堂は今週いっぱいまで開いている。メニューは限られるがお気に入りのソースカツ丼は提供されていた。

 ソースカツ丼と、それからふと目についたほうれん草のおひたしを買って席に着く。いつもは争奪戦になる席も、今日に限っては選び放題だ。

 適当な席を選んで座る。

 早速ソースカツ丼を堪能しようと箸を手に取った瞬間、ど真ん中の一番美味しそうな一切れが横合いからかっさらわれた。


「あ!」

「もーらいっ」

「えげつねぇ……しかも端じゃなくて美味しいところ……」


 人のカツをパクっていきやがった犯人が俺の隣に座った。そして、反対側の隣にもう一人が座る。

 右隣に涼華、左隣に吾郎がやって来た。


「珍しいわね。結翔が休み期間に大学にいるなんて」

「レポートを出し忘れてな。涼華と吾郎こそどうしたんだよ」

「私はただお昼を食べに来ただけ。バイト先がここから近くて、家に帰るのもあれだから」

「俺は結翔と同じ理由だよ。完全にレポートの存在を忘れてた」


 そういえば吾郎も同じ授業を受けていた。でも、そっか。俺たち仲間か。

 三人でワイワイと仲良くお昼ご飯を……食べる前にカツは返してほしい。等価交換じゃなきゃ割に合わない。


「え~。昨日奢ってあげたじゃん。それでチャラよチャラ」

「まぁそれは……おい待てクリスマスのレストランは俺の奢りだろそっちでチャラ……それでも俺の負担が大きいわ!」

「細かなこと気にすんなって」

「それを涼華が言うの!?」

「お前ら相変わらず仲いいな~」


 吾郎に苦笑いされた。

 このやりとりも俺たちにとっては日常。確かに仲良く見えるだろうし、実際に関係は良好だ。

 けど、だからといってなんというか金銭面では俺の負担が大きい事実は変わらないんだけどな。

 とまぁ、どうにか妥協で涼華の定食から唐揚げを一つパクって手打ちにした。三人でのんびりとご飯を進める。

 お腹が空いていたから食べ終わるのは早かった。三人とも十分かそこらで皿を平らにする。

 食器を返し、食堂から外に出た。


「さて、用事も済んだし帰ろっかな」

「あ、もし時間があるならちょっと付き合ってくれよ。生協で買いたいものがある」

「おっけー。涼華はどうする?」

「んー? 暇だし付いていくよ」


 話がまとまり、三人で隣の生協へと移動した。

 吾郎が買いたいものは、なるほどスポーツの本か。さすが卓球男。

 吾郎がご機嫌な様子でレジのおばちゃんのところに本を持っていく。

 俺たちもその後に続いていったのだが、レジの前で嫌な奴と鉢合わせてしまった。


「――あれ、結翔先輩じゃないっすか~」

「うげ」


 思わず嫌悪感溢れる声が素で出てしまった。

 レジ前でお菓子を買っていた葛谷と運悪く遭遇してしまう。途端に、吾郎と涼華も顔をしかめて厳しい視線を向けていた。

 なるべくこいつには関わらないでおこう。

 そう考え、吾郎の背中を押してレジに急ごうとしたとき、背中に投げかけられた声に思わず立ち止まってしまった。


「あ……結翔くん」


 声を聞いた途端、涼華の顔が変わった。嫌悪感から怒りを滲ませるものへと変貌する。

 見るな見るなと吾郎がジェスチャーしてくるが、それでも振り返ってしまった。

 葛谷から少し離れた位置で俺たちを見つめてくる女子。

 彼女――神崎瀬利奈が憂うような微笑みを浮かべて小さく手を振っていた。

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