第4話 合コン会場でトラブル発生

 それから時間になり、店を出てステーキ店へと入った。

 奥の予約している個室に向かうと、既に男一人と女子二人が揃っていた。女子の一人は前期の共通科目授業で見かけたことがあるから、多分同じ大学だ。

 当たり障りのない挨拶を交わして席に着く。涼華が人選を担当したのか知らないが、さすがというべきレベルの高さだ。

 男はいわゆる爽やか系のイケメンで、うっすらと香るミントの香水がポイント高い。女子二人も小動物のような可愛い系の雰囲気で、笑顔がとても柔らかかった。

 あと三人来るらしいので、先に集まったこのメンバーで適当に話をして場を盛り上げておく。

 と、それから五分くらいして……。


「おーっす」

「おー、揃ってるね」

「お待たせ~」


 遅れて男二人と女子一人が到着して全員が揃った。

 爽やかイケメン君が最初に挨拶し、それに続いて俺も挨拶しようとしたとき、男の一人が俺を指差し露骨に嫌な顔を見せる。


「おいおいどうしてこいつがいるんだよ」

「どういうこと?」

「私も知ってる! こいつ、結構酷い奴じゃん! あんたが利用した瀬利奈せりなは同じ学科だから話も聞いたわよ!」


 元カノの名前が出て一瞬息が止まった。

 きっと二人は例の噂を聞いてそんなことを言ってるのだと思うが、他の大学にまで広まっているのは少し想定外だった。居場所がどんどん狭められている感覚がして良い気分ではない。


「いやいや何言ってるんだよ。あの噂だろ? 明らかに嘘じゃん」

「そうだよ。こんな所で開口一番言うことじゃないと思うけど」


 爽やかイケメン君と同じ大学の女子が庇ってくれるが、いきなり悪し様に言われてちょっとメンタル傷ついたかも。

 それに、楽しい場を俺のことで不穏な空気にするのは申し訳ない。


「謝ったらどうなの?」

「は? 本当のことを言っただけだろ」

「むしろ謝って欲しいわね。てか、いても相手にされないだろうし帰れば?」

「……そう、だな。ごめん、かえ……」

「……ふざけんな」


 底冷えする声に全員が声の主を見た。

 涼華が財布を握りしめて拳を振るわせている。あ、これは相当にお怒りのパターンかもしれない。

 ここまで怒る涼華を見るのは本当に久しぶりかもしれない。滅多なことではここまでならないのに。

 財布を叩きつけるようにして立ち上がると、最初に俺の悪口を言い始めた男に詰め寄っていく。


「あんた一体結翔の何を知ってるっていうの? いい加減なことで追い詰めて楽しい?」

「え、い、いや俺はそいつが酷い奴だって……」

「あんな、根も葉もない嘘話をそのままコロッと信じたんだ。馬鹿じゃないの?」


 そして、次に悪口に同調した女子に視線を向ける。


「あんたもさぁ、元カノと同じ大学で話聞いてるなら普通結翔がそんな人間じゃないって分かるじゃん。それを帰れって何様?」

「な、何よ逆ギレ? あんただってそいつの何を知ってるのよ」


 これは本当にマズい。喧嘩に発展しそう、というか喧嘩になってる。

 どう仲裁しようか困っていたら、財布を手にした涼華が俺の腕を強引に引いた。


「いいわよ帰るわ。あとはそっちで好きにやってればいい」

「ちょい待てよ! なんでお前まで帰るんだよ! 幹事がいないと話にならないじゃん」


 悪口を言い出した男が止めようとするが、涼華はその手を強く払った。


「そもそも私だって最初から乗り気じゃなかったし、そっちが頼み込んできたから仕方なくこの場を整えたんじゃん。本当は最初から結翔じゃなくて別の適当な誰かを連れてこようとしたけど、楽しいことで傷心から立ち直ってもらうためにこうして連れてきたのに」

「え、俺って数合わせなんじゃ……」

「だから、なんでそいつを……」

「私、結翔がいない合コンとか絶対に行かないから。あんたらがどういう人間かよく分かったしもう二度と幹事とかしないからね。行こ、結翔」


 そのまま無理やり店の外に連れ出された。

 強引に腕を引かれ、イルミネーションが灯る町中を歩かされる。


「……ごめんね。こんなことなら連れてこなきゃ良かった」


 唐突に涼華に謝られて咄嗟に言葉が出なかった。

 小さなその声には涙が混じっているようで、そこでも適切な言葉をすぐには出せない。


「俺は良いよ。でも、あの三人には悪いことしたかな」

「そうね。また湊君たちには謝っておかないと」


 湊、というのがあの爽やかイケメン君の名前か。彼とは話が盛り上がったし、できることなら友達になりたいかも。

 それに、悪いことをしたというなら涼華にもだ。


「涼華もごめん。あの店、楽しみだったんじゃ……」

「私は良いわよ。てか、あんな連中と一緒にご飯を食べるなら、まだそこらのドブで泥をすくって食べた方が美味しいに決まってる」

「いや、絶対にマズいだろ」

「それくらい嫌って事よ」


 涼華が腕を放してくれた。

 俯き、泣いているのかと勘違いするような姿勢の涼華の隣に並ぶと、それを見計らっていたかのようなタイミングで背伸びをするように両腕を伸ばす。


「さっ、美味しいステーキを食べ損ねちゃったし、お腹空かない?」

「何も食べてないし、確かにお腹が空くかも」

「でしょ? じゃあ、涼華さんオススメのお店を教えてあげよう!」


 涙の欠片もない元気な声で、親指を立てた涼華がグッと笑った。

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