第3話 授業終わりに二人でお出かけ

 クリスマス間近のこの時期になると、四限終わりというのは急に寒くなる。日が落ちるのも早くなり、これより一つ後ろの五限終わりにバスで帰ろうものなら夜行バスと揶揄されるほど空は暗く空気も重い。事実夜行バスではある。

 さて、俺の大学はクリスマス前から年明け少しまで冬期の休暇がある。それが明日からだ。

 休暇前最後の授業を終え、筆記用具とルーズリーフを鞄へと片付けていると机に影が差した。

 見上げると、お洒落な鞄を持った涼華が前に立っている。


「ねぇ、あんたこの後暇?」

「めちゃ忙しい」

「バイト?」

「寝る」

「暇ね。ちょっと付き合いなさい」


 有無を言わさずに腕を引っ張られて連れ出された。

 抵抗することもなくズルズルと引きずられ、なぜかご機嫌な涼華によって大学の外へと出てきた。

 近くの駅に入ると、俺の家とは逆方向の電車が来るホームへと進まされる。


「なぁ、そろそろどこに行くのか教えてくれよ」

「合コン会場よ」

「訳分からん」


 どうして何が悲しくて合コンの会場へ連れ出されなくてはならないのか。失恋中の身だぞこちとら。

 説明を求めるように涼華をジッと見つめる。

 頬を朱に染め、「そんなに見られると恥ずかしい」だのなんだの言っていたが、それでもそのまま見つめ続けていると観念したようにため息を吐いて理由を話し始めた。


「数合わせよ」

「男の人数が足りないって?」

「そっ。参加予定の人が風邪引いちゃって。それで代役を探していたら、見事結翔が当選したのです! おめでとう!」

「帰るわ」

「わぁーっ! 待って待って! 急なことだし私がお金出すから! 口コミ評価の高いステーキ店だから!」

「し、仕方ねぇなぁ~」

「あのさ。来てくれるのは嬉しいけどその今にも涎が垂れそうな顔は引き締めた方がいいわよ」


 俺、そんな恥ずかしい顔をしていたのか。穴に籠もりたい。

 「それに」と、涼華はフッと微笑んで耳元で悪戯っぽく囁いてくる。


「参加予定の女の子たちさ、結構可愛い子たちばかりだよ。お酒とかも頼むし、良い雰囲気になってそのままとかあるかもじゃない? てか合コンってそれ目的だし」


 それはそうなんだが、なんだか今の気持ち的にはとても恋愛をしようとは思いにくい。ワンナイトの関係で良いのならこっちも乗り気にはなるけど。

 そんなことを考えていたら電車がやって来た。肩を押されるようにして乗り込む。

 この時間は学校終わりの学生が多い。同じ大学で見かける人もちらほらと乗っており、どこか浮ついた雰囲気をしているのは俺たちと同じようにこれからどこかに遊びに行くからかもしれない。

 朝よりは空いた電車に揺られること数駅。

 目的地の駅で降り、お目当てのステーキ店まで徒歩で移動する。

 駅前広場の巨大ツリーに始まり、そこら中でクリスマスの装飾が町を彩っている。もう少し暗くなるとこれにイルミネーションが加わってより幻想的な風景になるだろう。雪など降れば完璧だ。

 去年、こことは違うがイルミネーションが綺麗だと有名な場所にデートに行ったことを思い出してしまった。あの時はまさかこんな感じの別れが来るとは想像もしていなかった。

 楽しかった思い出が今では苦痛に変わり、思わず顔を歪めるとすぐに察してくれた涼華が手首を掴んで引いてくれる。


「はいほら! シャキッとしなさいな。昔は昔で今は忘れて楽しまないと」

「そう、だな。悪い」


 一言わびを入れて気持ちを切り替える。せっかく涼華が誘ってくれた合コンを楽しまないと。

 他愛のない会話をしながら店まで歩く。到着して時間を確認すると、涼華が苦い顔をした。その顔で何があったのかはすぐに分かる。

 多分、集合時間まで余裕があると見た。


「ごめん、集合時間までまだ時間があった」

「当たり。そうだろうと思った」

「ほんとごめんっ! でさ、時間までちょっとふらっと行かない? ほら、あそことか」


 涼華が指さす先には、中古本販売の店がある。


「そうだな。行くか」

「三十分ちょいだしここが良い感じに時間潰せそうだしね」


 店員さんには悪いがちょーっと立ち読みさせてもらいます。気に入ったのがあれば買うので許して。

 二人で店に入り、揃って青年コミックの売り場に足を運ぶ。

 アニメ化された話題作を特集した棚から適当に一冊抜き取り、流すように中を確認する。

 涼華は同じ棚から今期のアニメ化作品を……地上波で放送できない肌色成分ましましで話題の作品の原作を読んでる。

 まぁ、気にすることなく二人並んで話を読み進める。

 涼華と一緒だとなんだか気が楽になる。合コンよりも、こうして二人で過ごす方が楽しいな、と思う自分がいることも事実なのは口に出さずに伏せておこう。

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