第2話 お久しぶりに大学へ
涼華に励まされた翌日、意を決して朝から大学へと向かい、そして遅刻した。
いや、言い訳をさせてほしい。これは俺が悪いわけじゃない。通学に使ってる電車の線路内に犬が入り込んで駅員さんと壮絶な鬼ごっこをしたのが悪い。
そのせいで一限の授業には間に合わない時間となった。まっ、遅延証明が出るから後にフォロー制度を利用すれば課題提出で出席扱いにはなるしセーフではある。フォロー制度の対象じゃなくても欠席はこれも四回目だから落単まではまだ猶予がある。
というわけで、絶賛授業中の講義棟を素通りし、サークル会館へと足を運ぶ。
この時間、確か卓球部は部屋が空いていたはずだ。そこで次の四限まで時間を潰す。
というか、今思っても一限を履修しなければ良かった。一限抜けば四限の必修まで家でダラダラできたのに。今から帰ってもいいけど二百円ちょっとがもったいない気がする。
後悔しつつ、卓球と書かれた札のある部屋の扉に手をかけた。
「……閉まってる」
スマホを取り出して確認すると、体育館の一角の使用状況に卓球部の名前があった。
「場所取れたんだ。いっつもバスケとバチバチに取り合いしてるのに」
人数が少ないときに限って取れる場所。多くても六人という参加率のうちに多いときがあるのかと言われると黙秘する。
体育館に移動すると、ちょうど俺の友達がサーブマシンにボールをセットするところだった。
向こうがこちらに気づいたタイミングでこっちからも手を振って挨拶する。
「よっ」
「おうやっときたか。お前めちゃくちゃ休んでるイメージあるけど単位大丈夫なのかよ」
「問題ない。まだ四回目」
「ほぼリーチじゃねぇか」
涼華と同じ事を言って笑うこいつは俺の友達で、大学に入って初めてのオリエンテーションで仲良くなった
今はご覧の通り卓球部の部長である。小学校時代から続けてきた分卓球に寄せる熱量は凄まじく、なんか体でも動かすか~、みたいな気分で入った俺がたまに申し訳なくなるほどだ。
壁に体重を預け、吾郎は引き続きサーブマシンの準備を続ける。俺も後で少し打たせてもらおう。
吾郎を眺めつつ、スマホを取り出してSNSを開いてタイムラインを追っていると不意に吾郎が背を向けたまま話しかけてくる。
「しかし珍しいな。この曜日はこの時間に、というかずっと卓球に顔見せてなかったのに」
「今朝は犬のせいで一限に遅刻したからな。それでこっち来た」
「そうか。……その、なんだ。二限以降も空いてるんだろ? その、えっと……」
「お前と俺の仲だろ。彼女に捨てられたってストレートにぶつけていいよ」
「そっか……彼女と別れたから、時間ができたのか?」
「傷口を抉りやがったなこの野郎。ラケットよこせボコボコにしてやる」
「お前さっきと言ってること違うぞ!? あと勝てないだろ!」
共有ラケットから一本取り出し、振って意地悪な笑みを浮かべる。
吾郎もラケットを構えて臨戦態勢を見せてきたところで、指にラケットを乗せてクルクルと回転させた。
「まぁ、別れて暇になったから来たんだよ」
「だよな。……でも、いいじゃないか別れて」
吾郎の言葉に少しムッとくるが、続いた言葉は涼華と同じようなものだった。
「後輩に課題レポートを押しつけてコンビニダッシュ。で、浮気と酒癖の悪さからの暴力癖。こんな、明らかに嘘だと分かるような話に引っかかってお前を振るようなの絶対にロクなのじゃないぞ」
「一年付き合ってこれに騙されるとかもう何もかもどうでもよくなるわな普通は」
「心配すんな。ほとんどのやつは根も葉もない噂だって信じてるから。課題レポートの件は教授と学生課からも否定されたんだろ?」
「あれは否定という名目のディスりだったけどな」
期末テストを考えると納得の内容だと教授に言われたときは泣いていいやら怒っていいやら。
サーブマシンの電源を入れ、打ち出されたピン球へとラケットを振るいながら吾郎は暗い顔をする。
「でも、嘘丸出しにしては一気に広まったよな。多分広めたのは……」
「やめろ。証拠もなしに人を疑わない方がいい」
「でもよ」
その時だった。
体育館の入り口が開き、ねっとりとまとわりつくような声が聞こえる。
「あっれぇ~? 松原先輩じゃないっすか~。あんなことしておいてよくまだ顔を出せますね」
吾郎の舌打ちが聞こえる。
俺もスマホの電源を落とし、声の主を見た。
「嘘だって証明されてるけどな。あれに引っかかるとかもっと危機管理能力を磨いとけよ」
「どうだか。俺はまだ信じてませんけどね」
ニヤニヤと見ていて気分が悪くなる笑みを浮かべているのは、一つ後輩の
両耳にピアスを開け、髪も派手な金色に染めている。あとタバコ臭い。ここに来る前に吸ってきたんだろう。
葛谷は、ポンと手を打ってスマホの画面をグッと顔に近づけてくる。
「そうだ聞いてくださいよ先輩~。俺、先輩の元カノさんと付き合うことになったんすよ。先輩に騙されて傷心の彼女を慰めてやらないと~」
「……おい欺木。時間があるなら付き合え。相手が欲しくなった」
「ははっ、すんません井上先輩。俺、これから二限受けたらデートなんで。じゃっ」
ひとしきり話すだけ話して、葛谷が体育館から出て行った。
その背中を睨む吾郎に、肩へ手を置いてなだめる。
「はいはいどうどう」
「絶対に犯人あいつだぞ。お前はいいのかよ。あいつに彼女まで取られて」
「言ってたろ? あいつも葛谷もそういうやつなんだよ」
悔しくないと言えば嘘にはなる。
でも、ここで悔しがると葛谷の思うつぼ。無視しておくのがいい。
情けない話、これが俺にできる唯一の強がりなんだ。
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