彼女に罵倒されて捨てられたんだけど、励ましてくれた女友達との距離が近くなったのは気のせいだろうか

黒百合咲夜

第1話 美人な女友達と宅飲み語り

「おーい! ここ早く開けなさいよー!」


 お昼前、そろそろお腹が空いてきたなと思う頃にマンションの部屋の扉が何度も叩かれる。

 ベッドの上で特に意味もなくスマホを眺めていたが、あまりにうるさいから布団をかぶって無視を決め込んだ。そのうち諦めて帰るだろう。

 なんて思っていたのだが、唐突に音が止んだかと思うとガチャッという音が聞こえ、部屋の扉が開いたからビックリして布団から顔を出す。


「なんだいるじゃん。だったら早く開けなさいよね」

「なんで鍵を持ってるんだよ。お前に渡した覚えはないぞ」

「合鍵を作らせてもらいましたー! 鍵代を請求しないだけ感謝しなさい!」

「強盗に払うお金は持ち合わせてねぇよ。あと、その鍵渡せ」


 手で弄んでいた鍵束を膨れっ面で隠す彼女は、俺――松原結翔まつばらゆいとの友人で、同じ学部学科に通う岩城涼華いわしろすずか

 涼華とは高校時代からのかなり長めの付き合いになる。同じ高校出身で同じ学部ということで一緒にいる時間も多い。取っている授業もほとんど同じだし。

 整った目鼻立ち。艶やかな黒いボブカット。

 出会う人の多くが美人と評するだけあり、涼華の人気は高い。人受けもよく、高校の時は生徒会長も務め教員からの信頼も厚かった。

 ただ、俺の前では本性というか、自然体な姿を見せてくれていて、俺もそんな涼華が気に入っていて今までずっと良好な関係を築いている。

 机の上に散らばったコミックを床に避けていた涼華は、ふと一枚のルーズリーフを手に取り呆れたようにため息を吐く。


「あんたこれ結構前のやつじゃない。今日の一限もサボってたみたいだし、出席足りてるの?」

「出席管理はしてるから。六回休まなければ落単じゃない」

「ちなみに今の欠席数は?」

「今日で四回目」

「ほぼリーチじゃない」


 ルーズリーフを俺のファイルに片付け、ニヤニヤと笑いながら指で頬を突っついてくる。


「大学でここ一週間姿を見かけないけど、もしかして元カノのこと引きずってんの~?」

「……うっせ。ほっとけ」

「あははっ! 思ったより重症じゃんウケる!」

「人の不幸を笑うとかほんといい性格してるわ」


 お腹を抱えて大笑いする涼華に、若干の苛立ちを覚えるもそれ以上に少し気持ちが晴れていくのが自分でも分かる。


 一週間前、付き合っていた彼女から突然罵倒されて別れを突きつけられた。


 どういうことか理解が追い付かず、言い訳しようにも理由を教えてくれないまま彼女は俺の前からいなくなった。連絡先もブロックされ、家を訪ねても居留守を使っているのか返事すらない。

 そのことがショックで、ここ一週間はコンビニ以外の外出ができないでいた。

 俺を心配してくれた友人たちにこの事を話すと、みんな動揺し、どうにか元気を出してもらおうとしたのか励ましのメッセージを送ってきた。でも、そんなメッセージを見るたびに悲しみが波のように押し寄せてきて嫌だった。

 だからこそ、こうしてわざわざ家まで来てくれて、不幸を笑ってくれる涼華には内心感謝している。

 持ってきたビニール袋からスーパーの惣菜とビール缶を取り出して片付けた机に並べながら涼華が布団を剥ぎ取ってくる。


「ほら、いつまでもクヨクヨしてないで。こんな時はパーッと酒飲んで忘れなさい!」

「お前が飲みたいだけじゃね?」

「正解っ!」

「正解なのかよ。昼からお酒はさすがに強いわ」

「昼から飲むからこそお酒は美味しいのよ!」


 それは分からんでもないが、やっぱりちょっと抵抗感を感じる。

 でも、確かに涼華の言う通りかもしれない。自棄酒のひとつでもすれば自分の中で整理がつくものもあるかもしれなかった。

 ベッドから降りて机の前に座ると、涼華がビール缶を投げて寄越してきた。


「奢りよ。ありがたく飲みなさい」

「ありがたき幸せにございます涼華様」

「てなわけでクリスマスに元カノと予約いれてた高級レストランはあんたの奢りね。どうせキャンセルしてないんでしょ?」

「……キャンセルしとけばよかった」


 明らかにこちら側の支出が大きい。この辺りもさすが涼華か。

 涼華は買ってきた唐揚げをつまみながらビールを開ける。


「で、別れた理由はあんたの素行の悪さだっけ?」

「身に覚えなんてないのになぁ」

「分かってるわよ。浮気も理由にあったわよね? 一応確認だけど、疑われた相手って私じゃないわよね?」

「あいつは涼華のことを少しは知ってるはずだから、誰、なんて言わないはずだし違うと思う」

「そっ。なら、むしろ別れて良かったじゃない」


 グッと一気に缶を傾けて喉を潤しながらさらに唐揚げを口に入れる。


「話も聞かずに一方的に別れるなんてそれって信用されてなかったって事じゃない。そんな相手と将来結婚するかもなんて私ならごめんよ」

「そうか。そうだよな」


 涼華と話していると少しずつ気持ちが晴れてくる。完全にショックから立ち直れるわけではないが、ここ数日の精神状況を考えると大きな進歩だ。

 ビールを飲む気力くらいは沸いてきたから、受け取った缶を早速開蓋する。


「……おい」

「え、あ、ごめん」


 涼華がかなり乱暴に扱っていたビール缶は、開けると同時に暴発して服と床をびっしゃびしゃに濡らした。

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