第7話 言われるうちが花


「お見合い話があるうちは花。しかも圭子のケースは逆玉やろ。諦めたらあかん」


 春子さんが熱く語り掛けてくる。


 叔母さんはああ云うけど、うちの家業は以前ほど裕福ではない。だから、逆玉は言い過ぎとなる。十年前ならいざ知らず。

 正直言ってお見合いなら気乗りはしない。此れまで十人もお付き合いして、トキメキがひとりもないなんて最低の出会いだと感じていた。


「もう、こりごり」


「そんなこと言わないで……。ここらで割烹着を着るお茶漬けちゃんのど根性見せてやらんか。老舗旅館の長女として勝負やろ。あんたの女の武器はなんや?」


「えっ、……元気だけや」


 もう若くないし、色気もない。


 元々薄化粧だし、最近はそばかすをひた隠すのに苦労している。いくら探しても、他には見あたらない。さらに、何処からか本当に嫌になるひどい陰口まで耳に入っていた。何処の世界にも変な人はいる。あまり気にはしないけれど……。


「このままでは行かず後家やろう。三十路前のお茶漬け女かいな。胸が小さい洗濯板やで仕方ないやろう。家業の旅館も最近は客足途絶えて人知れず愛人たちの隠れ宿だという。せっかく老舗旅館の長女だったのに可哀そうにのう……。」


 湯けむりの街は狭い田舎町。大好きな故郷やけど、悪い噂ほど一夜にして町中に拡散してしまう。どうせ、割烹着姉ちゃんや。

 日夜、厨房では頭にネットを被り、割烹着をはおって弁当のおかずを折に入れている。廻りには年配の和食職人さんばかりである。けど、叔母さんは励ましてくれる。


「圭子、何を言ってるのや。肌が白く、笑顔がかわいい加賀美人やろう。これがラストチャンスだと思わなあかん」


「春子さん。ちょっと考えさせて欲しい」


 今回で恥ずかしながら十一回目のお見合いとなってしまう。せっかく昼休みをとっているのに、テーブルには封筒が置かれている。まだ、中身は見ていない。

 でも、加賀百万石の女として悪口叩く奴らを見返してやりたい。偽りではなく、これは敵討ちの気持ちだ! いくらアラサーのお茶漬け娘だって、幸せになる権利はあるはず。


「良い返事を期待してるわ」


「ありがとう」


「後片付けしたら、もう仕事は終わりや」


「えっ、本当に?」


「早く行っておいで」


 春子さんは笑顔で送り出してくれる。幸いにも見合い話より、お囃子が届く会場へと逸る気持ちを分かってるようだった。



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