第8話 女盛りは三十路まえ

 ────叔母に甘えて、皆が集う会場に戻ってくる。春子さん、ありがとう。


 秋色な花柄スカートを履き、ふわふわの白いニットを身につけている。細やかなことだけど、密かな期待まで抱いてしまう。彼にもし会えたら、気に入って貰えるだろうか。

 お気に入りの衣装を羽織ると、何となくだが、軽やかな風に乗っているような気分となってゆく。


 女心って切ないなあ……。ふと思う。

 

 ところが、星の王子さまはいくら探しても見あたらない。このままだと千載一遇のチャンスは泡沫うたかたの如く散ってしまう。会えず仕舞いなんて悲し過ぎる。湯けむりの奥にでも消えてしまったのだろうか。

 

 一目だけでも、男に会いたい。


 まだまだ諦めてはいけない。小さな温泉街の祭りだ。何処かで彼は潜んでいるはず。空を見上げてみる。ぼんやりとお月さまが顔を覗かせていた。


 もう一度、勇ましい山車の練り歩きや芸姑さんの盆踊りを駆け足で探し廻る。けれど、七つ星の男を見つけることは出来ない。もうくたくたとなってしまう。

 せっかく、身なりを整えて来たのに残念無念である。暗闇ばかり広がってくる。今や賑やかなお囃子すら耳に届くことはなかった。ボヤキばかりが脳裏に浮んでゆく。


 神さまは何処にいるのやろう?


 千年にたった一度きりしかない

 田舎町で好みのタイプの

 お星さまに会えるチャンスなのに。

 もう縁結びの神さまなんて

 大嫌い、裏切者や。


 あーあ。何か食べて帰ろうか……。ぼそっと独り言が漏れてしまう。

 仕方なく食い気ばかり先立ち屋台のあんず飴と焼きそばを立ち食いして、そそくさと寂しく帰ってくる。けれど、我が家に着くと、案の定、ニンマリと笑う母親が待ち構えていた。おそらく春子さんから聞いたのだろう。


「圭子、見たんやろう」


「何をや?」


「決まっとる。隠さんでもええ。また、釣書貰ったのやろう。これで……。」


 母親の言うことは間違いでない。リュックサックの中には大きな封筒が重くのし掛かっていた。


 二十五歳から見合いを始めた。これまでに見合い候補者から数え切れないほどの釣書を貰っている。その内、見合いしたのは訳ありで半分以下となる。否、違う。三分の一かもしれない。


 馬鹿馬鹿しいと云うことなかれ。湯けむりの田舎町で男女が知り合うなんて、学校か職場、ひいては知人の紹介ぐらいしか思い浮かばないもの。

 昨今流行りの婚活アプリは怖くて手が出せないでいる。最近は県の役場でも若い男女を集めるお見合いパーティーをやっていると聞いていた。


 女盛りは二十代の後半と耳にする。ところが、次第に釣書の数も自分の年齢が上がるにつれ反比例してゆく。隣近所には愛想振りまくお茶漬け娘というのに、女の価値がこんなに落ちてしまうとは……。

 まったく、情けない。でも、世の中にいる男性の不条理する感じてしまう。


「もう、母さんたら言わんといて。傷つくのは自分なんだから」


「長男はダメやでぇ」


「分かっとるって」


 我が家は三人姉妹、その長女が自分。後がつかえており、かなり厳しい立場に追い込まれていた。ただでさえ三姉妹はやかましいのに。何とかしなくてはならない。


「長男はダメや!」と云うのは、最初から婿養子に迎えるつもりだからだ。


 雪深い故郷は婿養子率がなんと全国でナンバー1という。母親曰くの極めて怪しい話だが、彼女は信じているらしい。今どき愚かしい話で笑ってしまう。



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