第3話 祭りは大切なもの


 まつりは、田舎の街の人々にとって年に一度の大切な行事だ。


 長女として否応なしに母親の背中をずっと見て育ち、色々なことを聞かされてきた気がする。これも運命やろうか……。


「おわら祭り」は温泉が湧き出た百三十年以上前から続く由緒あるイベントらしい。ところが、ここ数年はコロナという名の変幻自在の流行病はやりやまいのせいで客足が途絶えていた。


 弁当を荷台に載せると、縁日の会場に向かってクルマを急がせる。薬師堂への通り沿いには美しい紅葉葉楓もみじばふうの並木道が見えてくる。

 秋真っ盛りを迎えて、木の葉が赤く色づくのに気づく。ああ、綺麗……。思わずあらぬことを考えてしまう。四季のひと時しか見られない絶景だ。少しだけでもクルマから降り立ち、眺めていたい。


 でも、アクセルを踏み込み、瓦煎餅にも描かれる景色を横目にさよならしてゆく。一刻も早く、芸姑さんや山車だしの担ぎ手にとっておきの弁当を届けなくてはいけない。冷めたら美味しくないだろう。


 ふるさとの湯けむりに艶っぽい芸姑さんのお囃子はやしが響きわたる。まつりの開催を告げる三味線や太鼓の音色にワクワクする。提灯ともる屋台も数多く出店し、一日限りの秋まつりに彩りを添えてくれる。


 こんなに心地よい雰囲気は久しぶり。


 会場に到着すると、芸妓さんたちによる踊りの奉納が始まっていた。

 廻りには絢爛豪華な御輿みこしや巨大な太鼓山車たいこだしが待機しており、今夜は遅くまで街に活気をもたらしてくれるらしい。


 山車だしを操る男衆たちは円陣を組み、盃を交わして威勢の良い雄叫びをあげる。出発前の無事故を祈る景気づけだろうか。彼らは神主のお祓いをひとりずつ受けてゆく。

 これから山車を力強いかじ取りで路地を縫うように練り歩き、曲がり角で大きな音を立て旋回しなくてはいけない。


「油断するな。もっと気張れ!」


 男衆からの血気盛んなかけ声と共に子供たちが叩く太鼓の音色までが湯けむり横丁へと響き渡ってゆくはず。


 なにぶん三年ぶりに見れる光景、ゆっくりと見ていたい誘惑に駆られてしまう。

 幼い頃よりテンション上がるイベントをずっと見ながら育ってきたからだろうか。故郷は遠くになんか行ってないのに、もうひとつの郷愁に誘われていた。


 メイン会場の神社には顔見知りの姿が多く見受けられる。郵便屋の局長さん、駐在所のお巡りさん、小間物屋のご主人に手を振らなくてはいけない。既に昼間から顔を赤らめて上機嫌である。

 他には縁起物柄の手拭いを額に巻く法被はっぴ姿のおじさんや祭りの為に里帰りしたイケメンの兄ちゃんが集まっていた。


「お兄さん、イケてるよ。手拭い姿もカッコいいじゃん。頑張って応援したるから」


 地元の人だろうか。見知らぬ男にエールを送ってしまう。こんなことは初めてだ。年の功は少しだけ上かも。ならば、三十歳過ぎかも知れない。


 彼はお囃子に耳を傾け、ぽつんと皆から離れ煙草を吸っている。廻りを見ると勇ましい男ばかり揃っていた。

 ところが、声をかけた相手は別世界から来たような雰囲気の持ち主である。ひと言で例えれば、翳りのある孤高の男となる。


 勇ましさなんて、これっぽっちもない。


 額に巻かれた手拭いには七つ星の光耀くデザインが描かれ、長髪が風になびき、笑うとえくぼが可愛い男性である。

 どこかしら、高校生の頃に好きだった初恋の相手と似ていた。


 自分の足元を見ると、今日も黒いパンツルックにスニーカー。すごい人だかりで、地味なカッコなんて気づいてもくれないだろう。

 こんなことなら、もう少しあか抜けた色っぽいカッコをして、メイクもバッチリ決めてくれば良かったと後悔してしまう。でも、許せるのは割烹着でなく良かった。やっぱり、女だから少しでも可愛く見られたい。


 ああ……思いきり残念!

 もう、後の祭り、一巻の終わりや。

 

 けれど、タイプな男は気づいてくれたようだ。あっ、手を振ってくれる。なんと、返事が戻されてくる。嘘でしょう。とても短い言葉だが、照れくさい気持ちとなり、顔を赤らめていたかも知れない。

 もうすぐ三十路みそじの女性なのに、自分のことながらどこまでも情けないお茶漬けちゃんである。ぶつぶつと独り言まで口にしてゆく。


 縁結びの神さま、一生のお願い。


 おわら温泉の守り神、福神さまに手を合わせてしまう。今年の初詣でなけなしのお札をお賽銭に入れたことを覚えているでしょう。


 もし傍で聞いているなら、祭酒ばかり飲んでいないで、神聖なお稲荷さまのやしろから姿を現し、応援してくださいな。白キツネに油揚げをお供えしてあげるから……。久しぶりに神にもすがりたい気持ちとなっていた。

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