第4話 ちょっぴり恋慕


「こっちに、早くおいでよ」


 笑顔のまま、手招きしてくれる。


 叶えられるものなら、同じ想いとなる。

 少しだけ、男に恋慕れんぼしたかも知れない。初恋なんて遠い昔だけど、懐かしい胸キュンの想いがしてくる。

 やっぱり優しそうな雰囲気がたまらなく素敵だ。照れたような顔も好き。元々、ガツガツくる男は苦手だった。


 けれど、まだ仕事がある。足下の台車を然り気無く見ると、届けるべき弁当がたくさん山のように残っている。

 ああ……放り投げたくなる。やっぱり、縁結びの神さまなど居やしない。恋が実るかどうかは、初めの一歩が大切だと聞いていたのに……。タイミング悪すぎるよ。


 もう、稲荷神社にはお賽銭もあげない。福御籤ふくみくじも買わない。となり街の鎮守さまに浮気しちゃう。女の心と秋の空だよ。いにしえから女心はうつろいやすいのだから。福神さま、聞いているの?


 お茶漬けの恋の定めと諦めるしかない。「頑張ってね」と寂しい独り言を残して、男の前からうなだれて、姿を消す情けない姿を晒してしまう。


 でも、皆が集う賑やかなまつりだけは大好き。 この想いは永遠のものとなる。

 自慢できるのは元気なことだけ。女子力なんかないけど、腹掛けや股引きに、我が家の家紋となる桔梗家紋ききょうかもん法被はっぴをまとい、会場に一刻も早く戻って来たかった。


 もうじき、故郷には冬が訪れるだろう。何日も真っ白な雪が続き、厳しい寒さに身が縮む思いとなってしまう。まつりは人々にとって、冬ごもり前のつかの間の楽しみとなってゆく。


 窓ガラスからは、とっくに田んぼの稲刈りが終わり、公園の松に枝が折れぬよう雪吊りの準備が進む景色が見えてくる。北陸の各地で見られる冬の風物詩となる。


 久しぶりにときめいた恋の花火もまつりが終わると、淡雪の欠片かけらのごとく溶けてしまうのだろうか? 悲しい運命だ。

 冷たい北風を感じて、車の暖房のスイッチを入れた。七つ星の男の寂しい顔が結露で曇るフロントガラスに写り込み、ひと粒の雫が儚くポトリと落ちる気がしていた。


 ※


「圭子、お疲れさん。寒かったろう」


 職場に戻ると、叔母さんがお茶を出して温かく迎えてくれる。


「ありがとう」


「朝から忙しかったこと。やっぱり特注弁当の三百個はきついわ。圭子の大活躍で乗り切れた。 よく頑張ったね。あとで、ご褒美をあげるわ」


「うん、春子さん、きつかったあ……。」


 複雑な想いが交錯しながら頷いている。ここ数年、おわら温泉は観光客が減り、閑古鳥が鳴くところが多いと聞く。両親のやる旅館「吉兆宿 永沢平八」もご多分に漏れず客足が途絶えていた。


 三年前から斜陽になった旅館家業の合間をみて、春子叔母さんの仕出し弁当屋を手伝っている。


「あんた、お腹空いたやろう」


「もう、ペコペコやん」


 今日は朝六時起き。まつり会場への弁当配達に夢中となり、おはぎ以外にろくすっぽ食べていないことも忘れていた。



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