第13話 卒業記念日

 時刻はまもなく十一時半となる。


 今日の顔合わせは両親も同席のうえ開かれる。先に神宮寺さんと彼の両親が揃い、次に女性側が席につく手はずとなっている。もう相手方は来ているはず。見合いの仲人は春子さんが担っていた。個室までのアプローチをゆっくりと歩いてゆく。


 庭先には池があり錦鯉が悠然と泳ぎ、琴の音色すら届いてくる。優雅な雰囲気が漂うのが分かる。さすがに町一番の割烹料理屋だ。

 ところが、一瞬内窓から部屋を覗くと心配していた通り、お座敷となっていた。奥ゆかしさは感じるが、ずっと正座をしなくてはならない。


「これでお揃いやね。始めましょう」

 

 お見合いの席に春子さんの言葉が届く。

婚礼スタイルの角隠しは付けていない。けれど、萩の振袖にリボンみたいな文庫系の帯を結ぶとかなり窮屈な装いになり、膝を揃えて座るのもやっとになってしまう。なにぶん正座なんて久しぶりとなる。


 母さんに言われた通り、目線を下げたまま女狐に成りきってゆく。膝上にはちゃっかりと母親が買ってくれたポーチをのせている。久々のお見合いなので恥ずかしくなり、相手の顔もろくすっぽ見てはいられない。


 両家の母親たちが挨拶を交わしてゆく。一方父親たちは黙ったまま笑顔で頷いている。何処の家庭もかかあ天下なんだろうか。可笑しいけど、笑いを噛み殺していた。


「お待たせして申し訳ございません」


「本当に綺麗なお嬢さんですこと」


「圭子も挨拶をしなさい」


 急に母親から矛先を向けられたので、狼狽して目線を上げてしまう。男の顔がちらっと視界に入ってくる。ところが、目を皿のようにして驚き、大きな声を上げそうになってゆく。なんと、目の前にいる男は────。


 おはら祭りで七つ星のハチマキをしていた張本人だ。この場に来るのに写真を見なかったことを思い出す。ああ……早く知ってれば良かったのにと後悔してくる。


 これは運命の再会だろうか?

 いや、福神さまのいたずらかも……。


 いずれにしても今日はめでたい大安吉日。

 ビックリした表情を悟られ、母親から皆には気づかれぬよう膝を叩かれてゆく。


「丸山 圭子です。本日は皆さまお忙しいのにお集まり頂きありがとうございます」


 そう言うのが精一杯である。


 なのに、男は笑顔を浮かべて平然と座っている。意外なことに、グレージャケットにブラックデニムというカジュアルな服装を着ている。見合いの場には似つかわしくないと言っても良いだろう。でも、とても良く似合っていた。


「浩介も、皆に挨拶をしなさい」

 その言葉は彼の母親からだ。


「神宮寺 浩介と言います。皆さま、お揃い頂きありがとうございます。堅苦しいのが苦手なので、こんなカッコとなり申し訳ございません」


「圭子さん、ごめんなさい。息子は恥知らずでしょうがないものですから」


 その母親の言葉に思わず口にしてしまう。堅苦しいのが苦手なのはまさに同感である。しかも、始まったばかりなのに足が痺れ、ムズムズしていた。内心、本当にだらしないお茶漬けちゃんである。気を紛らわしていたのかも知れない。


「いいえ。浩介さん、凄く素敵です」


 人びとから笑いが溢れてゆく。ああ……恥ずかしい。本当はずっと黙っているつもりだったのに……。次第に女狐の衣が剥がされてしまう。続いてふたりの紹介が春子さんからされてゆく。極めて退屈な時間となる。


「浩介さんは東京の大学を優秀な成績で卒業された後、現在は金沢の大学で物理学……」


 まだまだ長い話は続くのだろうか。テーブルにはノドグロの刺身や松茸の土瓶蒸しなど豪華な懐石料理が並べられていた。

 けれど、だれひとり料理に箸をつける人はいない。母親から挨拶が終わるまではダメだと聞いていた。


 朝もろくすっぽ食べてないので腹の虫が鳴りそうだ。お茶漬けでも良いから食べたくなる。またしても、意外な言葉が浩介さんからされてくる。


「仲人さん、僕の紹介は後にしてまずは料理を食べましょう。せっかくの料理が冷めてしまいますから。よろしいでしょうか」


「ありがとうございます。賛成です」


 思いがけない言葉に同感してしまう。彼の顔は優しく見えるのに、男らしい態度にもビックリ。何故かしら、今日はお見合いの卒業記念日となる予感がしてゆく。




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