第12話 満願吉日


 ────「母さん、この人に決めたわ」

 三人いたら、硬貨に運命を委ねるコイントスでは決められない。


 一瞬、母親の意見に従うことも考えたが、我が儘を言わせてもらう。まだ写真も見ていない。どうせお見合いの相手なんか、会ってみなければ正体は分からないはず。


 昨夜、ヒノキのウッドチップの香りを嗅ぎながら、夕食には色とりどりの野菜でパエリアを作って食べている。とても良い香りがして、料理もすごく美味しかったが、口にする言葉に嘘はない。


 運命を決める鍵は意外なところにあった。神宮寺さんからのお土産は、美味しい食材や香りの良いものでもないが夢が溢れている。


 食事を終えると、パソコンに慣れない手つきで記録メディアを差し込んでみる。


 なんと、美しい景色だろうか……。


 夜空を横切る「天の川」の動画が表示されてくる。これは星の欠片などではない。

 希望に満ちた銀河だ。白鳥座の天頂付近から南の地平線に向かって淡い雲のように光の帯が流れているのに気づく。さそり座といて座の辺りは一際明るく光って見え、川幅もかなり広くなっている。


 夏休みの九頭竜湖のクラブ合宿で学生たちと撮影したらしい。皆が喜ぶ音声まで聴こえてくる。まるで異世界へ迷い込んだみたいとなり、神々しさまで感じてしまう。息をのむ美しさに暫く見惚れてゆく。


 幼い頃から遥か彼方の銀河に漂う流れ星に願いを込めて、湯けむりの里でのんびりと大人になってきた。こんな夢溢れる世界が大好きだった。


 きっと後悔もしないだろう。もう後には戻れない。縁結びの福神さまを信じて、選んだ道は人生の新たな一歩となるかも知れないと思っていた。



 あっという間に

 お見合いの日がやってくる。


「圭子、あれ着てゆくのやろう。なら、早う起きないかん」


「お母さん、分かってるって……」


 いつものやり取りで夜は明けてゆく。

さっそく、まだ六時前だというのに母親から檄が飛んできた。「早起きは三文の徳」と聞くけど嘘ばかり。化粧のりも悪く苦手だ。


 なにぶん女性の場合は早朝から大変なスケジュールが迫ってくる。少しだけでも可愛く見られたい。昨夜から加賀友禅の古典柄となる萩模様の和服を用意していた。

 成人式以来の振り袖を着る予定となる。美容師さんから髪を結って貰い、着付けまでしなくてはならない。


 開始は昼前の十一時半。町一番の割烹料理屋に身支度整えて行く必要がある。


「今日は大安を祈念する満願吉日。お陰さまで、日和も雲ひとつない快晴や」


 母さんだけが笑顔を浮かべ張り切って見える。自分は緊張感でいっぱいなのに。憎らしい母親となる。しかも、なんと食卓にはおはぎが並んでいた。満願吉日はどんな意味なんだろうか。ふと思ってしまう。


「母さんたら、これは……?」


「あんたの出陣式やろう。見合いではろくすっぽ箸もつけられん。腹ごしらえにようけ食べて行かなあかん」


「うん、ありがとう」


「圭子に言うとくよ。膝は崩したらいかん。口は災いのもとチャックや」


 慌ただしい日なのに、母親は余裕綽々よゆうしゃくしゃくに思えてくる。さすが老舗旅館の女将だ。肝っ玉が据わっているらしい。


 割烹料理屋はお座敷だろうか?……。和装だから、苦手な正座をしなくてはいけない。口にチャックだって、娘のことをよく見ている。確かにお茶漬けちゃんの本性などさらけ出しては我が家の恥となってしまう。

 ただひたすら下を向いて、おしとやかな女狐になりきろう。珍しく母さんの言うとおり、素直な気持ちで萩もちを頰張っていた。

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