第10話 男たちの履歴書

「母さん、お土産付だって。すごいやろう」


 思わず口にしていた。男たちは歓心を買うためにか、賄賂(袖の下)のメッセージが添えてある。初めての経験だ。最近の見合いの流行りなのかしら……。

 下心がいっぱいの釣書らしいと内心ビックリ驚いてしまう。ひとつずつ履歴書をゆっくりと見ながら重ねてゆく。


 ・御子柴 正人みこしば まさとさん。四十二歳の三男。バツイチ(十年前に死別)で子なし。職業は父親が経営する木材店の職人。ヒノキの香りはとても良いのでウッドチップを嗅いでみてください。趣味は身体を動かすこと。

 最近はボルダリングのスポーツにはまっている。一緒に屋内の施設で岩登りに挑戦してみませんか。良い運動になりますから。


 ・徳重 和真とくしげ かずまさん。クリスマスに三十九歳となってしまう次男坊。なんと、この歳まで恥ずかしながら結婚の経験はなし。一刻も早く料理好きな花嫁を募集中である。

 職業は加賀野菜を四季を通じて作る農家。別に色とりどりの野菜を送っておくので食べてください。加賀太きゅうり、金時草、加賀つるまめ等、僕と野菜作りしませんか。将来の夢は地場野菜の美味しいカフェレストランをやること。


 ・神宮寺 浩介じんぐうじ こうすけさん。三人兄弟の末っ子で三十三歳となり花嫁募集中である。もちろんのこと、初婚となるけど自慢できるものはありません。

 金沢の大学で先生をしており、日夜教壇で天体物理の楽しさを学生に話している。毎年クラブ合宿は九頭竜湖の静かな畔でやっている。(准教授なので偉くありません)好きなことは論より証拠、添えてある記録メディアをご覧ください。


 履歴を読み進むにつれ、ひとりひとりの個性が感じられ、いずれも自分にはもったいない贅沢な男かもしれないと思えてくる。ボルダリングやカフェレストランにも夢を感じている。生まれつき身体だけは丈夫となる。

 もう、写真なんてどうでも良く感じてしまう。なにぶん隠すこともないアラサーのお茶漬けちゃんである。

 一方母親は自分の気持ちに関係なく、相も変わらずひとりの男の写真にうっとりしているようだ。いくつになってもイケメン好きに思えてしまう。お節介なのに口まで開き、写真を自分にも見せてきた。


「同郷の和真さんがイチオシや。何か韓流スターみたいやろう。父ちゃんの若い頃にそっくり。野菜作りも良い仕事、婿養子になったら加賀野菜も届くしなあ……。」


「もう、母さんたら」


「バツイチはちょっと勧められん。大学の先生は旅館の若旦那になれるだろうか」


 一見徳重さんはイケメン風な男性に見えるが、母さんの言葉には打算的な匂いすら感じてくる。まして料理など得意とは言えない。好物はお茶漬けだ。笑ってしまう。

 普段の父親は酒に酔わなければ、寡黙でもっと渋めの男である。そう言えば、ふたりの馴れ初めは聞いたことがない。何故かお見合い談議しているのに興味をそそられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る