第10話
次の土曜日、私は病院へ来た翔也くんを捕まえ、お母さんの所へ行こうと言った。ものすごく嫌そうな顔をされた。そして、低めた声が返ってきた。余計なことすんな。つーか黙っててくれって言っただろ。その通りだ。それでも、会わなきゃいけないことも、確かだった。
「お母さんはね、プレゼントくれるのが翔也くんかどうか分からなくて、ずっと不安がってたんだよ。女の人に謎のプレゼントが一年間も届き続けるって、怖すぎでしょ。プレゼント渡したいなら、正体隠してなんて中途半端なことしないで、面と向かって渡してきなよ」
翔也くんの怒った顔が、急に悲しげに陰った。
「迷惑だったんですか……?」
「誰だか分からない人からのプレゼントなんて、普通迷惑だよ。でも、自分の子どもからなら嬉しいよ」
彼は何か言いたそうに私を見たけれど、言葉は出なかった。それから、目を瞑り、何度も深呼吸した。気持ちを落ち着けて、勇気を胸に掻き集めていることが見ていても分かった。
「今日、無理なら来週でもいいよ。それが無理ならその次でも。でも、いつか、ちゃんと会って話さなきゃ」
彼は黙って深呼吸したり、座って頭を抱えたりしながら一時間も悩んでいたけれど、結局その日は気持ちの整理がつかなかったらしい。当然だ。でも、これだけ頑張って悩んでくれただけでも、良かった。決心できないだけで、会うつもりがないわけではないんだ。
それから、彼は土曜日だけでなく平日にもやってきて、病室の前で葛藤していた。本当に、毎日だ。彼が来ると言うので私も来ていた。二人が再会を果たすところを、ちゃんと見届けたかった。それでも、翔也くんはなかなか最後の勇気が出ないらしく、いつも「すみません」と言って帰っていった。謝ることないよ。頑張ってくれてありがとう。私は毎回お礼を言ったし、お母さんも翔也くんの様子を聞いて目を細めていた。
そうして会おうと言ってから六度目の時、彼は病室のドアに手をかけ、中へ入っていった。
出てきた翔也くんは、どことなく難しそうな顔をして見えた。というか、出てくるのが早すぎる。十分も経ってない。もっと募る話とか、ないのか?
「どうだった?」
「よく分かりません。緊張して……。話すこと考えてきたんですけど、全部飛んじゃって……」
「そっか」
感動的な親子の対面を期待していた私は、物足りない気持ちになった。
でも、すぐに翔也くんの口元が幸せそうに緩む。
「けど、思ったより元気そうでした」
「それは、翔也くんに会えたからだよ」
キョトンとした顔がこっちを向いた。あ、やっぱり似てる、と思う。
「君のことが大好きなんだよ。だって、部屋、君のグッズばっかだったでしょ。小さかった頃の写真もあったし」
翔也くんは首の後ろを手で押え、俯いた。自然にイケメンポーズを取るな。
「俺がいなかったら、母はこんなことになってないんですよ」
「まだそんなこと言って――」
「でも」
しっかりした調子の声が、私を遮った。見れば、彼の目は、もっと幼い子どものように、太陽みたいに、キラキラしていた。
「あんたの言う通り、母の部屋には俺のグッズたくさんあって、小さい頃の写真もあって、それで……お母さんは俺のせいでこんなことになったけど、でも、今お母さんを支えてるのも、俺なんだなって、思ったんだ」
だから、と言って、彼は私をまっすぐに見た。
それなら俺も、頑張ろうって思えました。自分で自分を、肯定できるようになろうって。
お腹の底から、熱いものがせり上がってきた。
「だったらさ、まずはその『俺のせいで』っていうの、やめなよね。君は一つも悪くないんだから」
「え、いや、それは――」
「『いや』じゃない。自分を肯定する気があるなら、やめなきゃだめだよ」
私が語気を強めると、翔也くんは物言いたげな様子で目を伏せた。文句あんの? と思っていると、彼が急にこっちを向く。
「だったらさ、ちょっといい?」
そう言い、ぐっと私の肩を引き寄せる。案外広い彼の胸にすっぽり収まってドキドキしていると、パシャリと頭上から音がした。見上げれば、掲げられたスマホ画面に私たちの姿が写っている。翔也くんは、珍しく笑っていた。
「ありがとうございます」
その言葉と共に解放された。まだ緊張の余韻で胸がバクバクいっている。
「俺、こうやって写真撮ったりしても上手く笑えなかったんです。けど、ちゃんと笑わないとなって、思いました。母の部屋のグッズ見てたら俺、めちゃくちゃ無愛想で、良くないなって。だから、練習」
彼は言葉を止めると、私と目を合わせて、またにっこりした。
「頑張るから、これからも見ててください」
『これからも』って、何? と思ってすぐ、察した。そっと鞄に引っ付いたままになっているキーホルダーを触る。そうして、頭の中で言った。うん、これからは、ちゃんと見てるよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます