第7話

 何の解決にもならなそうな診察を終え、私は診察室を出た。そうして帰ろうと正面玄関へ向かっている時、

 視界の隅を、見覚えのある姿が過ぎった。え、と思い振り返ると、先程脳裏を掠めただけだったイメージが、視線の先の横顔と噛み合わさっていく。何度も何度も繰り返しテレビやスマホ画面を通して見てきた姿。少し前に初めて生で見て、そして失望させられた相手。私の推しと話していた人。除け者少年の翔也くんに間違いなかった。

 花束を手にした彼は受付の女性にそれを渡すと、すぐさま踵を返した。ついさっき歩いたところを逆に辿って、あっという間に屋外へ。閉まっていく自動ドアが、遠ざかる背を霞ませた。

 鼓動が速まった。ドンドンドンドン内側からノックされているみたいに。なぜか手が震えた。その手をぐっと握り、ブルブルしてくるのを抑える。違う、と頭で言葉にした。私が推していたのは、彼じゃない。なのに、なんでこんなに気持ちが波打ってしまうのだろう? 自分で自分に問いながら、分かっていた。長い袖や腕まで続くフィンガーレスグローブで隠されている肌。「あの子」のショウという一人称と、翔也くんの名前。彼がこの病院を訪れているという事実。全てがあの記憶の延長線に結びついてしまった。

 意を決した私は駆けだした。走って走って、病院の敷地から出ようとした彼の手を掴む。

 目を丸くして振り返った顔は、やはりドキドキするほど整っていた。でも、それ以上に――記憶の中で、あの記憶の中で、にっこり笑いかけて「おてつだいしたい」と言ったあどけなさの名残がまだあって、胸がギュッとした。けれど目の前の幼さは、すぐ険の差した表情に呑み込まれていった。

「こういうの、迷惑だ。放してくれ」

 一瞬何を言われたか分からなかったが、すぐに察した。ファンの暴走と思ったのだろう。慌てて手を放し、ごめんなさい、と言う。言った。言いはしたが、でも、どんどん突き上げてくる感情の大波は抑えられない。深呼吸して勇気を胸に掻き集め、背を向けた彼へ声を張った。

「お母さんのことで、話があるの!」

 また振り返った彼の顔には、やっぱり驚きがあった。けれど、今回はキョトンとした幼い顔じゃない。ギョッと戦慄したような表情だった。

「は?」

 一音だけ口に出し、彼は体ごとこっちを向いた。

「何言ってんだ? あんた、誰だ?」

 私は小走りで近づき、また彼の手を取った。硬く骨ばって、思いがけない大きな手だった。

「こっち来て」

 そう言い、私は彼の手を握ったまま、病院の隣にある小ぢんまりした喫茶店へ入った。

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