第4話

 勇介達は八階の廊下に出た。

 「待っていたぞ」

 黒い鎧姿のザンジュが待ち構えていた。その背後には銀色の西洋甲冑を着た者達が三十人程並んでいた。

 「今度は先程の様にはいかないからな。魔兵達よかかれ!」

 魔兵が金属音を鳴らしながら歩き出した。

 「そんな重たい姿で何が出来る」

 侍達が刀を抜いて魔兵に向かった。魔兵は長剣を抜いて走り出した。

 「こいつら早いぞ」勇介は叫んだ。

 「笛の音も効かない」笛を吹いた清蓮は諦めた。

 「首を狙えば!」

 加悟助は魔兵の兜の隙間に刀を突き刺した。魔兵は「うわっ」と叫び剣で刀を振り払い加悟助を殴り飛ばすとその場に倒れた。

 「ぐわっ」加悟助は叫んで吹っ飛んだ。

 侍達も魔兵に次々と切られて倒れていった。

 「みんな戻って伏せろ!」

 清蓮が叫んで掌ほどの大きさの玉を天井に投げた。

 玉は天井に当たり魔兵の集団の奥に落ちた。

 「おい!」勇介達は叫んで一斉に手前に引き返してうつ伏せになった。

 ドーンと爆音と共に魔兵が吹き飛んだ。

 「何でそんな物持っているんだ!危ないじゃないか」

 加悟助が怒鳴った。

 「あったら便利かと作って来たが思った以上の威力だな」

 清蓮が照れ臭そうに言った。

 勇介は倒れた魔兵の兜を取った。

 「うっ!」

 勇介は驚いた。頬がこけて薄緑色の肌をした顔の男だった。

 「異人なのか。げっ!そいつと同じ顔だ」

 加悟助も隣に倒れていた魔兵の顔を見て驚いた。

 「危ない。まだ生きているぞ!」清蓮が叫んだ。

 倒れていた数人の魔兵が立ち上がった。

 「敵が人なら!」

 生き残った侍達が次々と魔兵の鎧の隙間に刀を突き刺した。魔兵がバタバタと倒れた。

 「調子に乗るな!この野蛮人が!」

 ザンジュが剣を構えた。人間とは思えぬ速さの立ち回りで侍達を次々と倒した。

 「お前、そうやって母ちゃんや村の人達を!」

 勇介は叫んでザンジュに切りかかった。

 「そうかお前か。扉を開けたのは」

 ザンジュは勇介の刀を剣で受けて言った。

 「何の事だ」

 「まあいい。お前は生かしてやるよ」

 ザンジュは勇介の腕を掴んで壁に打ち付けた。勇介は「うわっ」とその場にうずくまった。

 「目をつぶって!」清蓮が叫んで小さな玉を投げた。

 玉が炸裂して眩しく光った。

 「くそっ見えない」ザンジュが手で顔を覆った。

 「今だ」清蓮が叫んだ。

 「おう」

 加悟助はザンジュの頭上から刀を振り下ろした。

 「ぐわっ!」

 ザンジュは額から血を流して倒れた。

 「やったか。おい勇介!」

 加悟助はうずくまった勇介の体を揺さぶった。

 勇介は「ああ、大丈夫だ」とよろめきながら立ち上がった。

 「もう俺達だけになったな」

 倒れた侍や魔兵を見て勇介は呟いた。

 「お前達、無事だったか!」

 遠藤が叫んで走って来た。冥希は黙って歩きながら周りを見た。

 「遠藤様、見ての通りです」

 清蓮は落ち着いた口調で答えた。

 「何と言う事だ」

 遠藤は侍と西洋甲冑を着けた魔兵が倒れている光景に愕然とした。

 「この者達は皆同じ顔をしていますね。どういう事でしょう」

 冥希は魔兵の兜を取って呟いた。

 「ふん、野蛮で馬鹿なお前達にはわからんよ」

 ザンジュがふらふらと立ち上がった。

 一行は身構えた。

 「まだ生きていたのか。しぶとい奴だ」

 加悟助は刀を抜いて構えた。

 「お前の動きは無駄で隙があるからな。咄嗟によけたから傷が少しついただけだ」

 ザンジュは血だらけになった顔で言った。

 「もう、おやめさない」

 どこからか女の声がした。

 「しかしリセ様……」

 「ザンジュ、皆さんを眠りの部屋へ案内しなさい」

 リセと呼ばれた女が言うとザンジュは訝し気な表情で「こっちだ。来い」と歩いた。

 「どこから声がしたんだ」遠藤は呟いた。

 「声を伝える仕掛けがあるのでしょう。誠に奇怪な城ですね」

 冥希が辺りを見渡しながら言った。

 「城の中は人が少ないし化け物はそれほど強くはない。なぜ我々を招き入れたのか」

 清蓮も見渡しながら呟いた。

 後ろで三人が話している間、勇介と加悟助は黙ってザンジュの後を歩いた。

 「何を黙っている」

 ザンジュが勇介に訊いた。

 「俺の母ちゃんの仇に話す事はない」

 勇介はザンジュを睨みつけた。加悟助は思わず「おい。落ち着けよ」と諫めた。

 「落ち着いていられるか。こいつは村のみんなを殺したんだぞ」

 勇介は怒鳴った。後ろを歩いていた三人が会話をやめて前を見た。

 「殺した……そう思っているのか。まあいい。自分の目で確かめろ」

 ザンジュがそう言うと立ち止まって壁の前に立って手を当てた。

 壁に穴が開いた。

 「入れ!」

 ザンジュが先に部屋に入って一行を招き入れた。

 「これは……」

 遠藤は思わず叫んだ。

 天井が高く一面が水色の部屋に石棺の様な物が沢山並んでいた。

 「あの中を見るといい」

 ザンジュが勇介に言った。

 勇介は恐る恐る長方形の物体を覗き込んだ。

 「うわあああ!」

 勇介は叫んで後ずさりした。

 「どうした」

 加悟助達が駆け寄って覗いた。

 「何だこれは!」

 加悟助も思わず叫んだ。

 中には液体に浸かった裸の男が横たわっていた。

 「こっちもだ」

 清蓮が叫んだ。

 勇介はハッとして再び横たわった男を見た。

 「佐助さん?佐助さん!どうして……」

 見覚えのある顔を見て勇介は叫んで隣の長方形の物体の中を覗いた。

 「こっちはお沙代さん。ここにいるのはみんな村の人……みんな死んでいる」

 勇介は呟いてうずくまった。

 「いいえ。この方々は冬眠装置で眠っているのです」

 前の壇上に痩せたローブ姿の女が現れた。勇介はハッと顔を上げた。

 「私はリセ。この城の主です」

 冷たい口調でリセは言った。

 何を思ったのか勇介は片っ端から装置を覗き込んだ。

 「トウミンソウチとは何だ」

 遠藤が訊いた。

 「この時代にはない言葉ですね。機械で体を冷やして眠っているのです」

 リセは淡々と答えた。

 「キカイ……からくりみたいな物か。西洋で生まれたと聞いた事がある」

 清蓮が部屋を見渡して呟いた。

 「私達は未来……この時代よりもっと先から来ました」

 「やはりこの世の者ではなかったか。どうしてここに来たのです」

 冥希が訊くと、

 「母ちゃん!」

 前列の装置を覗き込んでいた勇介の叫び声が部屋中に響いた。

 「おのれ、母ちゃんを!母ちゃんを返せ!」

 勇介はリセに駆け寄りリセの喉元に刀を突きつけた。リセの表情は変わらなかった。

 「女だから殺さないとでも思ったのか」勇介はリセを睨んで怒鳴った。

 「一度冬眠に入ると私達の時代に戻らないと目を覚ましません。今この装置から出すと死にます」

 リセは表情を変えずに勇介に答えた。

 「そんな……何でこんな事をするんだ!」

 勇介はその場にうずくまって泣いた。加悟助が駆け寄って勇介の肩を叩いた。

 「それでなぜ来たのですか。この世に」

 冥希が改めて問うとリセは話し始めた。

 リセのいる時代は高度な文明を持っているものの人間は短命で殆ど不妊の体になってしまった為に絶滅の危機に瀕していた。クローン人間を作る技術はあるが元になる遺伝子が不健康な為に若い内に死んでいった。

 そこで過去の時代から健康な遺伝子を持つ人間を誘拐しクローン人間を作る事にした。

 「からくりで人間を作るなど信じられん」清蓮は愕然とした。

 「その技であの同じ顔の兵を生み出したのでしょう。外道にも程があります」

 冥希は冬眠装置を見回りながら言った。

 「そんなの勝手じゃないか!人さらいだろ」

 勇介はリセに怒鳴った。

 「ええ、確かに身勝手な理由です。しかし人々の長年に渡る勝手な振る舞いで私達は苦しんでいるのです。見なさいこの体を」

 リセは服を脱いだ。一行は「うっ」と驚いた。

 その体は掌の幅程の細い胴体に竹刀程の細さの手足が伸びていた。乳房は殆どなく胸に小さな膨らみがあるだけだった。

 「俺もだ」ザンジュが鎧の上半身を脱いだ。同じ痩せた体だった。

 「それじゃさっきの馬鹿力は何だったのだ」

 「あれは鎧のおかげだ。動きを補強する人工筋肉が仕込んであるのさ」

 加悟助が訊くとザンジュは鎧を持ち上げて内側を見せた。細く透明なパイプ状の紐が無数に束ねてあった。

 「どうなっているんだ……」加悟助は驚いた。

 「この時代の人々はまだ健康ですがこれから人々は長い時間をかけて毒の空気を吸い毒の水を飲み毒を食べて生き続けます。時代の負の産物により人々の体は世代を重ねて病んでいくのです。そして私達はこの様な体になりました。私達の寿命はあなた達より短い。私達が生き延びる為にはどうしたらいいのですか。一生病んで死ぬのを待てと言うのですか」

 セリの抑揚のない口調が投げかける問いに一行は黙った。

 「お前らがどんな苦労しているか知らないが、こんなやり方はおかしいだろ。今すぐみんなを元に戻せ!」

 勇介は肩を震わせて叫んだ。

 「それは出来ないと言っているのです。どうしますか。私達を殺しますか」

 リセは淡々と答えた。

 「勇介、もうやめようぜ。こいつらは人さらいの化け物だ。何を言っても無駄だ。戦うしかない」

 加悟助は刀を抜いた。

 「そうですね。話し合っても無駄です。思いが違いすぎます」

 冥希は短剣を持って構えた。

 「勇介、こいつらの好き勝手にさせる訳にはいかない。許せ」

 遠藤も刀を抜いて構えた。

 「リセ様、ここで決着を」

 ザンジュは鎧を着けて構えた。

 「やむを得ません。邪魔は許しません」

 リセが手を挙げた。天井の壁が開いて魔鳥が現れ、部屋の扉が開いて魔兵が入って来た。

 「まだ、こんなにいたのか。もはやこれまでか」

 清蓮は諦めた口調で言った。

 「待ってくれ!」

 勇介が叫んだ。一行は勇介を見た。

 「みんな連れて行った先で起きると言ったな。連れて行ってからどうするんだ」

 勇介がリセに訊いた。

 「遺伝子を取って後は処分します」リセは相変わらず淡々と答えた。

 「そのイデンシとやらを取ると死ぬのか?」

 「いえ。少し血を取るだけで死にません」

 「だったら頼む。それを取ったら村に帰してくれないか」

 「……」

 勇介の問いにリセは暫く黙って、

 「連れて来た人達は殺す原則ですが、政府の判断によっては元の時代へ帰す事も可能です」

と答えた。

 「政府……異国で政を行う場所か。そこで沙汰を決めるのだな。出来るのか?」

 清蓮が訊くとリセは「それは私には判断できません」と淡々と答えた。

 「時を遡って来たあなた達がこの世の人を殺すと歴史が変わります。既にこの城を攻めた兵はあなた達に殺された。戻ったら違う世になっているかも知れません。これ以上の罪を重ねたくなければその子の言う通りにしなさい」

 これまで穏やかだった冥希の口調が厳しくなった。リセは黙った。

 「その理屈は……」ザンジュが言いかけようとしたがリセは「やめなさい」と止めた。

 「わかった。俺も行く。そのセイフという所に行ってみんなを村に帰す様に頼むよ。だから加悟助達をここから帰してくれ」

 勇介はリセに言った。

 「あなたはここで眠っている女性の子供ですね。あの方はとても健康な遺伝子を持っています。あなたも同じです。それ故に扉を開けてここへ呼びました。わかりました。そちらの人達は無事に帰します。それと私からも政府に頼んでみます」

 リセは淡々と答えた。

 「約束だぞ」

 勇介は言うとリセは微笑んで「必ず守ります」と答えて手を挙げた。魔鳥や魔兵は戻って行った。

 遠藤はリセとザンジュと今後について話し合った。

 「勇介、俺も連れて行け!」

 加悟助がすごんで言うと、

 「いやいい。これから何が起きるかわからないからな。お前には親や師匠がいるだろ。死んだらみんな悲しむぞ」

 勇介は笑って答えた。

 「助けられたな。かたじけない」

 話を終えた遠藤が勇介に頭を下げた。勇介も「いいえ。どうかお元気で」と頭を下げた。

 「必ず帰って来いよ。また一緒に剣を学ぼうぜ」

 加悟助が神妙な表情で言った。勇介は「ああ必ずな」と答えて加悟助の肩を叩いた。

 勇介を残して遠藤達は城を出た。

 「これが炎龍か。すげえな」

 驚く加悟助に冥希は「見た目は恐ろしいですがいい奴ですよ」と炎龍の頭に乗った。

 「それでは」

 冥希は炎龍に乗って飛び去った。

 「やれやれ驚く事ばかりだ。興味深いが頭がついていかない」

 清蓮は黒い城の上を飛ぶ炎龍を見上げて言った。

 「ああ俺もだ。幕府に何と言えばいいか思いつかん」

 遠藤はため息をついた。

 城は燃料が溜まり次第、未来に戻る予定だった。燃料が溜まる迄、城は幕府の監視下に置かれた。その間、未来の環境改善の研究に必要な土や水や植物、それにつがいの動物を幕府が与えて勇介がそれを城に搬入した。

 そして旅立ちの日──

 「じゃあな」「必ず帰って来いよ」

 勇介は微笑んで加悟助と固く握手を交わして最後の荷物を引いた魔犬と共に城へ入った。

 加悟助達が村の橋を越えた時、地面がびりびりと揺れた。

 城が薄い光に包まれて消えた。まるで戦の跡の様に焼けた村の家屋だけが残った。

 「行ってしまったか」川沿いで遠藤が呟いた。

 「皆帰って来るでしょうか」

 木刀をつきながら本野が歩いて来た。遠藤は黙って空を見上げた。

 雲より遥か上を炎龍が飛んでいた。

 「村の者達は帰って来るだろう。勇介はしっかりしているからちゃんと話をつけてくれるさ」

 「そうですな。城で何が起きたか知らないが強い覚悟を決めた顔になった」

 「このひと月の間に城の者から色々学んだのだろう。憎しみは消えてはいないが何かを悟ったようだ。頼もしくもあり恐ろしくもありだな」

 遠藤はふっと微笑んで言った。

 橋のたもとから見送った加悟助は泣くのを堪えて森へ駆けて行った。

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