第2話

 城の中は天井も壁も床も水色の滑らかな石造りだった。

 「これは何で出来ているんだ」「見た事がないぞ」「南蛮品か」

 侍達は呟きながら恐る恐る歩いた。勇介と加悟助も呆然と城を見渡した。

 「よく来たな」

 黒い西洋甲冑姿の男が現れた。青白く細面な顔と分厚い鎧に覆われた体のバランスが明らかにおかしかった。

 その背後に白い布を纏った者達が二十人程ゆらゆらと不釣り合いに揺れながら立っていた。

 「何奴だ!名乗れ!」侍の一人が叫んだ。

 「何奴?ああ、この国の言葉で誰だという意味か。俺はザンジュ。この城を守る者だ」

 ザンジュは太い声で答えた。

 「この国?」勇介はふと呟いた。隣に立つ若い侍が微笑んだ。

 「おい何がおかしいんだ」勇介は不快になって男に呟いた。

 「いや、お前も何か気付いたのかと思ってな」

 質素な兜を被った男の口元が緩んで勇介に答えた。

 「この先には進ませないぞ。やれ!」

 ザンジュが言うと白い布の者達が剣を抜いて一斉に襲い掛かった。

 侍達が応戦した。

 「手ごたえがないぞ」「なぜだ」

 刀で切りつけた侍達が口々に騒いだ。勇介も白い布の者を刀で刺したが軟らかい何かに当たった程度で背中をスッと貫く感覚だった。

 「まるで人形だな」

 侍の一人が叫んだ。

 「お前は何だ!」勇介は白い布の者が持っていた剣を刀で払い落して力強く布をめくった。

 「うわっ」勇介は思わず叫んだ。

 布の中は軟らかい人形だった。手足が細く顔はなかった。

 「この化け物が!」

 勇介は力強く袈裟切りした。しかし傷が軟らかく入った程度で手ごたえがなかった。

 「まるで餅を切っているようだ」

 勇介は舌打ちして何度も刺したが人形は黙ってゆらゆらと立っていた。

 「ならこいつの渾名は餅人形だな」

 加悟助が勢いをつけて刀で人形の胸を突き刺したが人形はためらう事なく加悟助に剣を振り下ろした。

 「くそっ」加悟助は刀を抜いて後ずさりした。

 「きりがない」「どうしたらいいんだ」

 他の侍達も刀を構えてその場に立ち尽くした。人形達はゆらゆらと揺れながら勇介達にゆっくり近づいて来た。

 「もう観念したのか。見かけは勇ましい癖にこの世の男はこの程度か」

 ザンジュは呆れた口調で言った。

 勇介達の背後から笛の音がした。

 「何だ」勇介は振り返った。

 先程勇介と話した男が笛を吹いていた。侍達がざわついた。

 人形の動きが不規則になって暴れ出した。

 「今だ。ザンジュをやれ!」

 男は叫ぶとまた笛を吹いた。意味がわからないまま勇介達は暴れる人形をかき分けてザンジュの元へ走った。

 「加悟助、やれ!」

 勇介が暴れる人形を押さえて叫んだ。

 「おりゃあ!」

 加悟助はザンジュに刀を振り下ろした。ザンジュは咄嗟に剣で受けた。その後を侍達がザンジュに振り掛かった。

 「邪魔だ!」

 ザンジュは侍達を腕で薙ぎ払った。侍達は吹き飛ばされた。ザンジュは表情を変えずに立った。

 「こいつも化け物か!」

 勇介は睨みつけた。

 「ちっ、人形が使えないとなると話にならないな。覚えておけ」

 ザンジュは耳につけたボタンを押して消えた。人形がその場にバタバタと倒れた。

 「消えたぞ!」「勝ったのか」「どうなっているんだ」

 侍達がざわついている中、笛を吹いた男が、

 「とにかく進もう」

と冷静な口調で言った。

 「そうだな。ここは敵の城だ。何が起きるかわからんからな」

 侍の一人が言うと皆黙って歩き出した。

 「あんた、あれはどうしたんだ」

 勇介が小声で男に訊いた。

 「あの男が現れてからずっと妙な音が聞こえていた。人形の動きと関わりがあるのではと笛を吹いて試してみた。やはり音で動いていたようだ」

 「へえ。よく気付いたな」

 「苦しい時ほど冷静になれと父上から教わったからな」

 「そうか。俺は勇介、よろしくな」

 「清蓮だ。よろしく」

 にこやかに名乗る勇介に清蓮は穏やかな口調で答えた。

 清蓮は武家の生まれで長崎で蘭学を学んで江戸に帰って来たばかりだった。

 「五年ぶりに帰ってきた途端に父上から頼まれてな。黒い城に興味があって来たが知らない事ばかりで戸惑っている」

 勇介より少し年上の清蓮は痩せ細って侍には見えない風貌だった。

 「俺は加悟助だ。よろしくな」

 二人の会話に割り込んで加悟助が勝手に名乗ると清蓮は「ああ。よろしく」と微笑んだ。

 城の中には人影はなく一行は階段を上り五階で休憩した。

 「全く奇怪な城だ。石の継ぎ目が全くない。まるで一枚の岩を削って作ったようだ」

 清蓮は壁を触りながら言った。

 「それに廊下と壁ばかりだ。どこに人が住んでいるのだ」

 「全くこんな城、見た事がないぞ」

 侍達は口々に言った。

 「やっぱり化け物屋敷じゃないのか。さっきの奴がこの世の男は何とかって言っていたから」

 加悟助の言葉で皆黙った。

 「あれ、何か悪い事を言ったか」加悟助は罰が悪そうに言った。

 「化け物が敵なのは確かだからな。今さら怖がっても仕方ないさ。行こうぜ」

 勇介は立ち上がって階段を上り始めた。侍達も「そうだな」と立ち上がった。

 「加悟助、どうして勇介は怖がらないのか。まるで前にこの城を見て来たようだ」

 清蓮は加悟助に訊いた。加悟助は「それは……」と勇介の事を話した。

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