第12話 そうして全てが終わり

「少年」「ヘイロー」


 二人で言葉をあい放った直後、京介を浮かせていた力が一瞬にして消えた。


 文字通り神様が手放したらしく、天使の輪や神のご加護さえも消えて、半端な高さまで持ち上げられた京介は展望台の外へと墜落しそうになった。


 だが、それも結果として無事に終わった訳だ。それまで力を使うことなくずっと俺に助力していた白猫のセムが、宣言通り『人を少し浮かせる』程度の天使の力を以て、窮地を救ってくれたのだ。


「ね、猫だと存分に力が出ないのだよ。人間の姿に受肉できれば、もう少し安全に助けてやれたのだがな……」

 そう言い訳せずとも、皆十分に感謝しているよ。それに、今はもう天使としての尊厳を保つ必要はないだろう?

「あぁ、やはり大目玉を喰らってね。今さっき天使の座をはく奪されたのだ。見ての通り天使の輪も消えて、名実ともにただの猫になってしまったのだよ」

 ぐしぐしと毛づくろいをして、白猫は丸まった。相変わらず言葉は喋れるのか、という野暮な突っ込みはこの際よしておこう。


 奇妙な事件は終着し、二人と一匹で空を見上げるその場所は、思い出の展望台だ。山を降りて親に全てを報告する前に、俺達は並んで月暈げつうんを眺めていた。その時に、俺は京介から衝撃の事実を聞いた。


「界人、僕どうやら使になったらしいんだ」

「だ、だてん……?」

 そう言った京介の頭上には白ではなく、が浮いていた。どうやら今度は今までと違いオンオフが効くらしいが……。

 にこにこと嬉しそうに言う割に、その単語は少し物騒ではないか? 堕天使なんて、あまり縁起の良いものではないだろうに。

「えへへ」

「縁起が良いどころか最悪だ。神に嫌われた証拠なんだぞ。天使が人間と恋をするのは重罪だからな、相当怒りを買ったらしい」

 天使が人間と恋を……。京介が堕天使となってしまったというのになんともむず痒い響きだ。

「これから先、神に嫌われた者として人生を送るということは、神のご加護と真逆のことが起こるということだからな。何が起こるか想像もつかんのだぞ」

 と、真剣な調子で語るセムだったが、存外神様はそこまで復讐だなんだに興味がないのではと、俺はそんな希望的観測を持っていたりもする。

 あそこまで大事に守っていたモノを、荒々しく投げ飛ばすでもなく、大事に送り返すでもなく、その場で飽きたように手放してしまったのだから。


 神が自身の似姿で人間を作ったというのなら、その情緒や嗜好、行動原理だってどこまでも人間だ。そのような希望を抱けないこともないだろう。




 そうして全てが終わり、俺達は肩を並べて息を吐いた。見上げた空は真っ黒で、薄雲が月を覆う。白くて大きな光の円環が、頭上で燦然さんぜんと輝いていた。

 かつては憧れたあのヘイローも、今はもう戴くことは無いだろう。

 なぁ京介。今度は神様に間違われないように、もっと別のものを探しに行こうか。




 少年ヘイロー 完

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少年ヘイロー 泡森なつ @awamori

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