第16話
「うーん、どうしよう。暇だなぁ……」
グラムさんの病室を後にした私は、そのまま治療院から出てきた。
あそこは人の往来が激しいし、みんな忙しそうにしているから邪魔になってはいけないと思ったからだ。
リーザも「では早速任務に取り掛からせていただきます」とか言ってそそくさと姿を消してしまったし、話し相手がいないので私は暇を持て余していた。
「―-っと、待った! はぁ、はぁ、何とか間に合ったか」
「えっ、エヴァン殿下!? その、もう出歩いて大丈夫なのですか!?」
私が近くでうろうろしていると、後ろから大きな声で呼び止められた。
振り返るとそこには黄金髪の美青年がいた。
エヴァン殿下だ。一体なんでこんなところに……
「やあ、ルイナ嬢。先ほどキミがグラムの見舞いに来ていたと聞いてな。慌てて追いかけてきたんだ」
「あっ、そうだったんですね。私も顔を出すべきでした。すみません」
「気にするな。ところでこの後は暇か?」
「えっ? あ、はい。特に幼児などはありませんが……」
「なら少し私に付き合ってくれないか? 私もちょうど退屈していたのだ」
「はい、もちろ――」
うっ。ちょっと待った。
仮にも私は夫を持つ既婚者だ。
こんな真昼間に堂々と殿方と出歩くのは問題なのでは?
まだ旦那様とデートすらしたことないというのに……
――って、別にやましいことをしているわけでもないんだから、そんなに気にすることは無いか。
ここで殿下のお誘いを断るほうがよっぽどまずいだろうし。
「もちろん、お供させていただきます」
「そうか、ありがとう。では早速だが移動しよう。と言っても、誘っておいてなんだがオレはあまりこのあたりを出歩いた経験がないものでな。どこかオススメの茶屋でもあれば案内してほしいんだが……」
あっ、食事のお誘いだったのか。
そういえばそろそろお昼の時間か。確かにちょっとお腹が空いてきたところだ。
うーん、このあたりで美味しいお店かぁ……
いくつか候補があるけれど、果たして殿下のお口にあうかどうか。
「少し歩きますけど、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ないさ。時間はある」
「では、あちらの方へ」
こうなったら、私が知っている中で一番おすすめできるお店に案内しよう。
少し距離は遠いが、幸い殿下にもお時間があるようだしゆっくり歩いていけばいい。
でも、とっても不思議な気分だ。
私、殿方と並んで歩いた経験なんてほとんどないから何故か不思議と緊張する。
しかもそれが同世代の少女たちのあこがれの的であるエヴァン第三王子ともなればなおさらだ。
「む、オレの顔に何かついているのか?」
「あっ、い、いえ! そういう訳ではなくて!」
「そうか」
エヴァン殿下に向けていた視線に気づかれてしまった。
とってもカッコいい人だと思うけど、こうして改めて近くで見るとどこか物憂げな様子も窺える。
これではせっかくのイケメンも威力半減だ。
やっぱり、お兄さんの件は頭の中から離れないのかな。
身体の傷は癒すことができるけれど、心の傷はそう簡単には癒せない。
治せない傷を前にすると、回復術の使い手としてはどうしても歯がゆさを感じちゃうな。
「……ところで一つ。き、聞きたいことがあるんだが」
「はい?」
「キミはその――意中の相手などがいたりするのか?」
「えっ――えええっ!?」
い、意中の相手って、それって。それって!
好きな男の人がいるかどうか、ってことだよね?
「いや、その。あの時、私が口にした言葉、覚えているか?」
「殿下が口にした言葉……」
――どうかオレとこれからの生を共にしてはくれないだろうか?
「―-っ!!」
それは告白の言葉だった。
一瞬で私の顔が真っ赤になるのを感じた。
今思うと、私、よくあんなセリフ言われて冷静でいられたね!?
あの時はそれどころじゃなかったってのはあるけれど、思い返すだけで気恥ずかしさが込み上げてくる。
「あの時は断られてしまったからな。もしや意中の相手でもいるのではないかと気になってな――」
「い、いや、それはその、そういう訳、ではないんですけど……」
この王子様、直球過ぎる!
こういうのってお互いの距離感を探り合いながら少しずつすり寄っていくものじゃないの!?
少なくとも私が前に読んだ本ではそう言った駆け引きがあったんだけどなぁ……
って、今はそれどころじゃない。
ここはその、どうやって答えたらいいんだろうか。
わ、分からない! どうしたらいいのこういう時!!
えっと、その、夫がいるってちゃんと言ったほうが良いのかな?
いやぁ、でもそうなると根掘り葉掘り聞かれちゃうかもしれないし、アーリーさんにも迷惑がかかっちゃうかもしれない……
それに殿下が利いているのは意中の相手がいるかどうかだし、正直まだ私が本心からアーリーさんを好きになっているかと聞かれると答えに困っちゃう。
で、でも、こういうこと聞いてくるってことはまだ諦めてないってことだし、ここははっきりと断らないと!
「あ、あの、えっと――」
「ああ、いや。答えにくい質問だったな。すまない。一度忘れてくれ」
「あぅ、えっとそのぉ……」
「とは言えオレはこう見えて結構本気だ。仮にそう言った相手がいたとしても、だ」
――それならばオレに振り向いてもらえるよう、努力するまでのこと
最後、何か小声で呟いていたようだけど、やや強めの風が吹いたせいでよく聞こえなかった。
参ったなぁ。完全に言うタイミングを逃してしまった。
で、でも、何というか、その。
自分に対して好意を向けられるのって、悪い気はしないなぁ……
なんて、ちょっと浮ついた気分になる私だった。
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